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クスコからバスで6時間ペルーの南部プーノの街へやって来た。
バスターミナルの前に広がるのは「汽船などが航行可能な湖として世界最高所」と言われ富士山の頂上よりも高い場所にある湖、チチカカ湖。
その標高は3810m、大きさは琵琶湖の12倍らしく一見すると海の様に見える。
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プーノ街は宿の親父にいくら聞いてもチチカカ湖しか見るもんはないという程で、実際チチカカ湖以外には何も無いので、早速チチカカ湖ツアーへ。
まず、向かったのはウロス島。
この島はトトラという葦を積み重ねて出来ている浮島。
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上陸して自分の足で島を歩いてみると何ともいえない不思議な柔らかい感触が足裏に伝わってくる。
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島民が説明してくれた浮島の作り方の模型。
作り方は根っこをまとめて、その上にトトラの葉を順々に重ね、最後に杭を湖底に沈めているらしいけど、移動する島なんて夢のような話だけど、現在も大勢の人がこの浮島で暮らしている。
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島の人達は伝統的な編み物を作ったり、大きな島では畑がありそこで野菜を作ったりしながら生活している。
もちろん電気はおろか水道だってない、近代文明とはかけ離れ時が止まっているかの様な島で暮らす人々たちの目には自分たちはどう映っているんだろう?
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島民たちの足 トトラ製の船「バルサ」
島民とトトラとは切っても切れない関係であり何を作るにもトトラである。
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続いてタキーレ島へ移動。
この島も現在でも自給自足、物々交換で生活しており純粋なケチュア民族たちが暮らす島。
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島の頂上へ向かうために急な階段をゼーゼーいいながら登った場所からは、空よりも青いと呼ばれるチチカカ湖が一望でき、心奪われる素敵な眺めだった。
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タキーレ島で出会ったかわいい売り子。
こんな売り子につぶらな瞳で見つめられると、ついつい衝動買いをしてしまう。

ペルーではネパールと同様に貧しくてもみんなとっても親切で暖かい人たちばかりでペルービアンの優しさに日々助けられました。
(宿で出会った人はカメラをひったくられたらしく危険な側面もあるけど、それは日本でも起こりえることなので。。。)
でも、これもネパール同様に頻繁にストライキが起こり、いつ次の国ボリビアへ移動できるかわからない。。。
まぁ、しょうがないです、気長に待ちましょう。

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ペルー料理って聞いても全然イメージが湧かない。
とりあえずアンデスといえばジャガイモとトウモロコシ位しか想像できません。
一体どんなものを食しているのか、トルコ料理に続いて世界の料理ペルー編です。

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Cebiche(セビッチェ)
魚介類をレモン汁と香辛料を使って味付けしたペルー料理の代表格。
店によって当たりハズレが大きく、見極めが非常に重要。
ちなみに右奥にあるのは巨大なトウモロコシ、ペルーには色々な大きさのトウモロコシ&ジャガイモがあって、これは味無しのポップコーンみたいだった。
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Lomo Saltado(ロモソルタード)
牛肉・ジャガイモ・タマネギ・パプリカの炒め物。
こちらもペルーを代表する伝統料理で、味付けも日本人好みの味。
迷ったらロモソルタードという位毎回お世話になった。
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Rocoto Relleno(ロコト・レジェーノ)
ロコトという巨大な唐辛子に牛挽肉などを詰めた料理。
写真のはスクランブルエッグwithチーズソースだけれど、店によってソースは様々。
衣を付けて揚げたりと料理方法もバリエーション豊か。
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Anticucho(アンティクーチョ)
牛の心臓(ハツ)の串焼き。
クスコの郷土料理で、肉屋が経営する店で食ったものはこの旅のBest5に入るであろう逸品だった。
お酒との相性も抜群だけど、高地ではすぐに酔っぱらってしまうので要注意。
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Trucha(トゥルーチャ)
チチカカ湖などで獲れるトゥルーチャ(マス)を調理したもの。
これもグリルにしたりフライにしたりと色々な調理方法があるけど、ソースは使わず塩などのシンプルな味付けだった。
白身魚なのでさっぱりした味で食べやすい、久しぶりの魚は嬉しい限りだった。
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Coca tea(コカ茶)
コカの葉を使った少し青くさい素朴な風味のお茶。
特にまずくもなく、夢中になるほどおいしいわけでもないが高山病予防にもなるらしい。
その他にもコカキャンディー、コカクッキー更にはコカの葉そのままだったりと街中にコカの葉が溢れてます。ちなみにコカ製品を食べたり飲んだりしてもラリったりハイになったりする事はないです。
※コカの葉自体には依存性や精神作用は無いが、化学物質を使って生成されるコカインには、中枢神経を刺激して精神を興奮させる作用がある
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Udon(うどん)
正式にはSopa(ソパ)というスープ料理なんだけど、出汁を使った味とこの麺の見た目といいうどんです。
3日連続で通ってしまった偉大なペルー料理です(笑)

この他にもアルパカステーキやクイ(食用モルモット)の丸焼きなどまだまだあるけれど、どれも日本人の舌に合う料理なんじゃないかと思う。
ヨーロッパでは自炊&ケバブサンドの毎日だったし、モロッコ料理もインドのカレー同様に単調な味付けばかりで食欲減な毎日だったので、久しぶりに思う存分その国の料理を満喫できました。

インカ帝国時代の首都クスコ。
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クスコとはケチュア語で「へそ」を意味しており、現在でもペルー有数の都市、特にマチュピチュ観光の拠点として重要な街になっている。
赤茶色で統一された屋根は美しく、街には古都独特の雰囲気があった。
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アルマス広場
インカ帝国時代の街作りの基礎もまずは広場を作る事からだった。
スペインに征服される前から街作りの基本は一緒だったというのは興味深い。
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インカの石組み
12角の石がある事でも有名でその精密さは「剃刀の刃すら通さない」と形容される程、緻密に組み上げられている。
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サンドミンゴ教会(太陽の神殿)
インカ帝国時代に政治と宗教の中心である太陽の神殿(コリカンチャ)があった。
インカ帝国時代には内部は黄金で装飾され輝いていたが、スペイン侵略後には黄金は全て持ち去られ、石積土台だけを残し、その上に自分達の教会を建てた。
クスコに大地震があったとき上部の教会は崩れ落ちましたが、石積土台はビクともせず、現在もその姿を残している。
この逸話からもインカの石組技術の完成度の高さが物語られる。
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数々のアルパカ製品
クスコは観光都市だけあって、土産物屋の市場(一区画に10店舗位固まってる)が沢山。
でも、大体同じデザインだし観光客慣れしているので値段をぼってくる事も多々あり、買うよりも店主との駆け引きを楽しむ場所だった。
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インカ帝国時代をモチーフにしたウォールペイント?
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インカ帝国時代の民族衣装に身を包んだ少女

クスコは標高3400mの場所にあって、到着した日には酸素が薄いのが体で感じられた、高知順応した後でも、街には階段や坂が多く歩いているだけで息があがってしまう。
標高が高いため、お湯が沸騰する温度が低く自炊したパスタはグニャグニャでおいしくなかったし、朝晩の寒さは格別で昼間の日が出ている時間帯でなければ、お風呂に入るのは自殺行為になる。(もちろん暖房設備が整った中級以上のホテルなら大丈夫でしょう)
でも、クスコの街の雰囲気は抜群に良くて、1日また1日と滞在期間が伸びてしまい結局1週間以上滞在してしまった大好きな街の1つです。

マチュ・ピチュ(Machu Picchu)は、現地語では「老いた峰」の意味のインカの遺跡。ペルーのウルバンバ谷 (Urubamba valley) に沿う高い山の尾根(標高約6,750ft、2,057m)に位置し、山裾からはその存在を確認できず、マチュ・ピチュには未だに解明されていない多くの謎がある。(Wikipediaより抜粋)

遺跡好きでなくても、一度は行ってみたいと思うであろうマチュピチュ遺跡。
自分も日本を発つ前からカンボジアのアンコールワットとペルーのマチュピチュへ訪れる日を楽しみにしていた。
そして遂にその日が訪れた、朝4時待ち焦がれた空中都市へ向けて宿を出た。
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薄暗い明け方の時間帯は山にガスがかかっており、神秘的なイメージをより一層高める。
遺跡の開門は朝6時、夜明け前にもかかわらず既に入場ゲートには黒山の人だかり、みんな入場制限があるワイナピチュに登るために、早起きして今か今かと開門を待っていた。
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開門と同時にみんな急ぎ足でワイナピチュを目指して歩き出す、自分も一緒に待っていたブラジル人とワイナピチュへ向かい、早くから待った甲斐もあり無事入場。
ここからはワイナピチュの頂上を目指して1時間のプチトレッキング。
登っていく間にもガスが晴れだし、切れ間切れ間からマチュピチュがその姿を覗かせていた。
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ワイナピチュ頂上からマチュピチュを眺める。
こうして見ると、本当に山の尾根にへばりつく様に遺跡が広がっているのがよくわかるけれど、「マチュピチュってこんなに小さいの?」というのが正直な感想であり、宣伝媒体によってイメージを作られすぎている事と自分の期待値が高かったので残念な気持ちにこの時はなった。
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頂上で1時間ほど過ごし下山、芝生で少々の昼寝をしてから、自分の中で芽生えた残念な気持ちを払拭する為に、定番の景色が見えるポイントへ向かった。
そのポイントから見るマチュピチュはやっぱり美しく、心を惹きつける力を持っており、その場に座り込みしばしこの景色に見ほうけた。
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その後は前日のウォーキングの疲れ&ワイナピチュへのプチトレッキングの疲れもなんのその遺跡内を歩き回った。
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マチュピチュ遺跡の約半分はこうした段々畑が広がっていた。
(3mずつ上がる段々畑が40段あり、3,000段の階段でつながっている)
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今から600年程前にはこの遺跡に実際に人々が生活していた。
現在のマチュピチュ遺跡の住民はリャマとアルパカのみ、人間が沢山訪れようが気にする事もなく堂々と暮らしている。
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石組みで出来た家は非常に精巧に出来ているし、水路の整備や段々畑による穀類の生産など、実際にそれを目の当たりにすると完成度の高さに驚かされた。
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3つの窓の神殿
伝説ではこの窓から8人の兄弟姉妹が生まれ、そのうちのひとりが初代皇帝になりクスコでインカ帝国の基礎を築いたという。
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友達から出発の際に貰った元気があればTシャツを世界遺産などの名所で掲げてくると約束していたけれど、今の今まですっかりおなざりになっていて、ここマチュピチュでめでたく第一号記念になった。
次からも忘れずにもっていかなくちゃ。

やっぱりマチュピチュは凄かった、まさに唯一無二の遺跡。
自分の目と足でこの地を見て歩けた事に感無量の想いで一杯だった。
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マチュピチュへの行き方にはいくつかあり、最も一般的なものは、マチュピチュ観光の拠点になる街クスコから電車に乗って、クスコの街並み&ウルバンバ川沿いの段々畑を眺めながら、麓のマチュピチュ村まで行く方法と、マチュピチュ村の近くまでバスを乗り継いで、10km手前から歩いて向かう方法。
自分も最初は悠々自適に電車に乗ってマチュピチュに向かおうと思っていたが、ヨーロッパ生活において予想以上のお金が無くなり、必然的にバックパッカーコースで向かうことに。。。
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朝7時同じくバックパッカーコースを選択したフランス人家族と一緒に、クスコを出発。
車窓から眺めるアンデスの景色には毎度の事ながら圧倒される。
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どんどん進むにつれて道も険しくなり、崖との幅が30cm位の道を車はひた走る。
どこの国のドライバーもそうなんだけど、とにかくどんな道だろうと飛ばしまくる、ジェットコースターより何倍もスリルがある事は間違いない。
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お昼過ぎ、無事出発地点に到着。
腹ごしらえをして、マチュピチュへ向けて歩き出す。
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マチュピチュ村までは現在は使用されなくなった線路が続いており、迷う事はないけれど、こんな鉄橋を渡ったり、真っ暗闇のトンネルを通ったり、野良犬?が待ち構えていたりと、スタンドバイミーの世界を地で行く道程だった。
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歩くこと2時間、ようやくマチュピチュ村へ到着。
歩き終わってみれば、そんなに険しい道ではなく景色も素晴らしくて楽しい道のりだったし、到着後に入った温泉とビールの味は格別のものがあった。
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