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タージ・マハル
世界一美しいとも言われるお墓。
ムガル帝国の皇帝シャー・ジャハーンが、愛妃ムムターズ・マハルの死を悼んで建設した霊廟。
その建築には世界各地から2万人の職人と22年の歳月をかけて建造させたといわれている
タージ・マハル01
完全なる左右対称なその様からは、完璧さゆえの冷たさを感じられる。
(唯一左右非対称なのが内部にある二人の棺の位置
当初、シャー・ジャハーンは自分のお墓として黒大理石による黒タージを建築しよう計画していたが自分の息子により幽閉され、黒タージは建築されなかった。
その為、白タージの愛する王妃の横に一緒に並べてあるのだが、王妃の棺は真ん中にあり皇帝の棺は無造作に左側に置いてあり左右非対称になっている。)

元々が愛する人の為だけに造っただけでも凄いのだけれど、真偽の程は定かではないが、タージマハルには色々な逸話が残されている。
タージ・マハル02
国の財源を傾けてまで作成したとか
竣工後は、タージ・マハルよりも美しい建築物を作らせない為に、一生の面倒を見る代わりに職人の腕を切り落としたとか
笑えるというか何というか。。。

タージ・マハル03
そして何と言っても入場料が高い、高すぎる。
インド人10R(20円)に対して外国人750R(1500円)と圧倒的な差。
正直、750R払う価値があるのか自問していたが、観光地化されているのでほのぼのムードなんだけれど、霊廟内部に入り歩いてみるとやはり何か特別な力を感じさせてくれる場所だった。

南インドのアウランガバードに「ミニタージ」と呼ばれるタージ・マハルを真似て造った建物ががあるけれど、オリジナルが出すオーラまでは似せる事が出来なかったかな。
ミニタージ
「ミニタージ」写真で見る限りはほぼ同じに見えるけどね。
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ヒンドゥ教の聖地「ヴァラナシ」
この街には生と死が隣り合わせであり、神秘的な雰囲気の中に凄く俗的な部分がごちゃ混ぜになっていて、自分がイメージしていたインドがこの場所に凝縮されていた。
ヴァラナシ04
ヴァラナシに流れるガンガーは、ヒマラヤ山脈の氷河を源流として、蛇のように北インド大陸を横断している大河。
ヒンドゥー教徒にとって、このガンガーに沐浴することは最高の喜びであり、現世での全ての罪を洗い流すことが出来ると信じられており、また、死してその遺灰をガンガーに流すことにより、輪廻からの解脱を約束されると信じられている。
毎日インド全土から信者が、そして世界各国からツーリストが訪れる。
ある人は母なるガンガーの流れに身をゆだね、至上の幸福を味わいに。
またある人は、輪廻からの解脱をする為、この街で死を待ちに。
ヴァラナシ05
ヴァラナシ03
ガンガー沿いには幾つものガート(沐浴場)があり、その中にマニカルニカ・ガートという場所がある。
このガートは火葬場になっていて、次から次へと死体が運び込まれる。
運び込まれた死体は最後にガンガーの水で清められてから火葬される。
火葬場は24時間煙が上がっており、周囲には肉が焼ける音・臭いがする。

だけど、その数メートル先では子供達が水浴びして走り回っている、人が焼けているすぐ横を牛がのそのそと歩いていたり、ボランティアと称した詐欺師が一杯いたりと生活臭が満載の中で最後の儀式が行われておる。
目の前で人が焼かれている風景が自然に溶け込んでおり、日本のような厳粛で物悲しい雰囲気はそこには無い。

あまりにも日常の中にある為に、死ぬ事は悲しいとか怖いというよりも、いずれはその世界に迎えられてみんな焼かれて灰になって終わる事になるだという感じ。
自分の身近な人が死んでしまったらとっても悲しいけれど、死の世界からは誰も逃れる事は出来ないし、その世界は誰の事も拒む事なく待っているんだと。

ここに住む人間の営みを飲み込み、悠久の時を超えて流れるガンガー。
色んな人が称する様に自分もガンガーはインドをインドたらしめる、聖なるドブ川だと思った。
ヴァラナシ02

こんな街は世界でここしかないと思うし、ヒンドゥ教徒でなくてもここは特別な場所だと思わされる魅力を持っていた。
ネパール13
誰が考えたのかわからないけれど、自分の国名を素敵な言葉で表せるNEPAL。

実際には現在も一部マオイスト(反政府組織)によるテロ活動
連日の長時間の停電(電気が使える時間が夜中の12?4時は使えるが誰がそんな時間に使うんだ?)
頻繁に起こるストライキによる店の一斉クローズ
観光業が主要な産業であるはずなのにインフラ整備の悪さ加減と国としての機能しているかには突っ込みどころが満載だけれど、街は優しいほのぼのとした空気で包まれていた。
ネパール15
ネパール06
ネパール12
インドよりも貧しいはずなのに、ネパール人は優しくほほ笑んでくれていた。
トレッキングをお願いした旅行会社の人は出発する前は通りがかる度に気さくに対応してくれ、終わったあともわざわざ連絡してきてくれ自宅での夕食に招いてくれた。
ガイドさんもトレッキング後も一緒に飲みにいこうと誘ってくれ、手紙までくれた。
そこにはビジネスを超えた人の繋がりを感じ、そんなネパールの人達に感謝の気持ちで一杯になった。
ネパール10
短い滞在期間だったけれどお金では買えない思い出を沢山くれたネパール。
そしてネパールではお金は大切だけれど、それが幸せの条件ではないと思える事もできた。
またいつの日か訪れるときにも身勝手な思いだけれど変わらずにいてほしいと願ってしまう。
ネパール14
明日からはまたインド人との戦いの日々が再開される。
ツーリストにとっての魔の三角地帯と呼ばれるデリー・アーグラーの2つの街も待っている。
ここから本当の戦いの幕開けです。
ネパール08
ネパールと聞いて最初に思い浮かぶのはやっぱりエベレストを始めとする高峰の山々をイメージすると思う。
主要な都市であるカトマンドゥ?ポカラへ向かうにも大変な山道を走らなくてはならないし、街を少し外れると小高い山(丘)が無数にある。

実際にポカラの街から山を見る前まではトレッキングをしようか悩んでいたけど、タイでのダイビング同様、雪に覆われた山を眼前にすると折角だし登ってみる事にしてガイドを雇って、アンナプルナ連峰のショートトレッキングへ行ってきた。
トレッキング01
トレッキング02

ルートは最高到達点が3200mと富士山と同程度の高度だけれど、2500?2800mを毎日5時間位歩くのは想像以上に疲れたけれど、鳥や虫の声・川や風の音を聞きながら自分の体と会話しながら歩くのは心地いい疲れだった。
山の中では日の出と共に起きて日中は山・森・川を歩いて日が沈んだら夕飯を食べて寝るのが基本で、時には色々な国の人と一緒に歌って踊ったりして過ごしていると新鮮な空気と共に体が浄化される思いがした。

トレッキング05トレッキング07
トレッキング10トレッキング11
トレッキング08トレッキング09

トレッキング03

自然の中へ行くと不便な事も多々あるけれど、時には近代文明がもたらした物から解放されて生活するのはいいものです。
みんなも春になって暖かくなったらまずは携帯電話を置いて近くの山や川に遊びに行って楽しんでくれればと思います。
ホーリー(Holi)とは、ヒンドゥー教のお祭りの一つで冬小麦の収穫と春の訪れを祝うものらしいのだが
誰彼構わず、色粉や色水を投げつけたり顔に塗りたくったりと、インド及びネパールなど1年で1番熱く刺激的な日だと自分は思っている。
普通に道を歩いているだけで、建物の窓から色水が飛んできたり、背後からいきなり浴びせかけられたりと、この日ばかりはカーストも貧富もツーリストも関係ない無礼講な祭り。

ホーリー01
街の至る場所で歩いていたら逮捕されそうな連中が奇声をはっしながら闊歩してる
ホーリー02
ホーリー03
宿泊先の屋上でも狂喜乱舞な祭りは繰り広げられてます
宿の女将だろうが、どこの国だろうが関係なし
みんなでぶつけ合い顔に塗りたくりあい、カオス状態のまま5時間位…
ホーリー04
祭りが終了した後にはこんなんになってしまう
お風呂に入っても完全には落ちない…

いやー、ネパール人がこんだけ弾けてしまうんだから、普段から飛んでるインド人はどこまでぶっ飛んでしまうのか少し見てみたいね。
熱狂のホーリーが終わり明日から登山経験1回の素人だけど、ヒマラヤ山脈に登ってこようかと
素敵な景色をみてインドへ戻る前に充電してきます。
2009.03.09 日本食万歳!
インドのダージリンから国境を越えてネパールへ入ろうとしたがネパール側のバスがストライキによりストップしており、再開の目処もわからない為、コルカタの街に戻り別ルートで入国しなくてはならなくなったのだけど、3日間夜行電車・バスを乗り継いでの移動は過酷だった。
悪徳旅行会社からの賄賂要求からイミグレ係員の賄賂要求と次から次へと休まる暇はない。

ネパール01
ネパールとの国境 国境越えは何度経験しても毎回ドキドキする

そんな精神も肉体も疲れた時に癒してくれたのがネパールの首都カトマンドゥの日本料理屋が多数あり宿に荷物を置き早速日本食を求めて街へ繰り出した。
宿の近くにも1軒の店があり、名前は「おふくろの味」
もうこの名前だけで日本人にとっては反則ではないだろうか
ネパール02
茄子味噌炒め定食(デザート付で¥200位)
海外で食べる日本食はそれなりのお金を払わないとなんちゃって日本食が多いけれどここの味は日本でやっても通用する位で軽い嫉妬を覚えるほど。
そんな訳でネパール料理をろくに食べもせず日本食に走って、インドでの食欲不振が嘘の様に毎日食べまくってる。

ネパールは今、日本の春のような気温でとっても気持ちいい。
ただ排気ガスはインドに負けず劣らず凄くて1日外にいれば顔が真っ黒になる。
カトマンドゥは首都なのに半日停電するから夜はロウソク生活な事も…
だけど噂に違わぬいい街です。
ネパール05
コルカタから北へ約500km、標高2100mの場所にダージリンへ行ってきた。
名前通り紅茶の葉の生産と世界遺産に登録されているトイトレインが有名な街。

インドは何処も雨季と乾季の違いはあれど年中暑いと思っていたけれど、ダージリンは日中は暖かいけれど夜は日本の冬と同じ位寒くてすっかり夏スタイルで過ごしていた体には本当に堪えるものがあった。
(インド人の話では1月は-20℃になるらしい)

そんな山の中の街と麓の街を繋いでいるのがトイトレイン。
ダージリン05
線路幅は僅か61cmしかない。
江ノ電みたいな感じかと思っていたけれど想像よりもずっと小さくて本当におもちゃの電車みたい。

ダージリン02
観光客以外にも地元の人も利用していて重要な交通手段になっている。

ダージリン04ダージリン03
煙をあげてゆっくり走る姿は可愛いけれど…

ダージリン01
標高2100mなのに見晴らしが悪く、少し残念。
とにかく車の排気ガスがもの凄くて街はいつもガスに包まれていた。

ダージリンの街にはインド人以外にネパール人・チベット人が大勢暮らしていて、チベット人は日本人と同じ顔をしているし、山に囲まれている街・昼と夜の気温差の違いなど、自分の地元に似ていて懐かしい感じがした。
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