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憧れだったプリトビッツェ公園も歩いたし、クロアチアでの自分の目的は達成してしまった。
自分が知っているクロアチアといえば、プリトビッツェとミルコと派手なチェック柄シャツのサッカークロアチア代表位。。。
とりあえず、イタリアへ船で渡るために南下しなくてはならないので、バスに乗りまずはスプリットという街へ。
このスプリットという街は世界遺産に登録されている街らしく日本から観光に来ている方も結構いて驚いた。
にわかにクロアチア人気は高まっているみたいです。

スプリット周辺にはサマーシーズンになると世界各国から観光客があつまるリゾート島があり、旅に出てから毎日が日曜日だけど、1日だけバケーションリゾートを満喫しに島へ行ってきた。
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フヴァル島の街並み
天気はあいにくの曇り空&強風が吹き荒れるなかだったけれど、アドリア海と赤レンガの屋根のコントラストは見事な調和だった。
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路地裏の風景
素敵な小路ばかりでふらふらと誘い込まれてしまう
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街でみかけた呼び鈴
一緒に島へ行ったジュンコさんとマユさん
太陽が顔をだしたので、海岸で昼間から飲んでます。
これがリゾート地での正しい過ごし方というものです。

島というと自分はやはり南国の島をイメージしてしまうけど、こんなおしゃれな感じの島で過ごすアイランドリゾートも良いもんです。
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2009.04.29 憧れの場所
ハンガリーのブダペストから国際列車に乗りクロアチアへ
途中の国境で検問があったけれど、わずか10秒程で終わり無事クロアチアへ入国した。

クロアチアへ向かった理由は、ただひとつ、どうしても行きたい場所があったから。
いつだかその場所の写真を見た時に一目惚れし、いつか行ってみたいとずっと思っていた場所「プリトヴィッツェ湖群国立公園」
大小16の湖と92ヵ所の滝と広大な森林から構成されるとても美しい公園で、湖は見る場所、角度、時間などによって色合いを変えファンタジックな景観を作り出している。
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首都ザグレブに到着後、そのままプリトヴィッツェ湖の最寄の村へ向かい翌日の対面に備えた。
いざ、対面の時を迎えると自然と胸が高鳴り足取りも早まってしまう。

公園へ足を踏み入れしばらく歩いたところで、自分が最初に見た写真そのままの景色が目の前に現れ、突然のメインデイッシュの登場に心の準備は出来ていなかったけれど、その風景に酔いしれた。
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広大な敷地の公園では至るところで水が流れ落ちておりその水量はもの凄い。
水は限りなく透明でさらさらというかつるつるというか、なんか生まれたての水という感じ。
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滝と森から発せられるマイナスイオン効果により、空気も限りなく澄んでおり、肺一杯にその空気を取り込み呼吸していると、体が浄化されていく感覚がわかる。

プリトヴィッツェ湖群国立公園にあったのは、自然遺産を訪れた際に感じる自然の圧倒的な力ではなく、包み込まれるような癒しの力だった。
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行った事がないのでわからないけれど、日本の屋久島も同じ様なパワーを発していてみんなこぞって訪れるんではないかと思う。
日本に帰ったら是非、屋久島へ行ってみたい、今度は日本で自然に包まれて過ごす時間を味わいたい。
トルコから飛行機で2時間、ハンガリーのブダペストへ
空港からバス?電車と乗り継いで市内の中心へ入るとそこは正にヨーロッパの街並みが眼前に広がる。
トルコのイスタンブールは表面上はヨーロッパぽかったけれど、中身はアジアという印象だったし、国教ではないけれど9割以上の人達がイスラム教徒なので、その生活習慣からはアラブ諸国の感じもして、ブダペストの着いて本格的にヨーロッパの国に入ったんだなと感慨深く思った。

ブダペストはドナウ川の両岸に広がった都市で、右岸(西側)のブダとオーブダ、左岸(東側)のペシュト(ペスト)の3地区からなり、これらの地区はもともと別々の町であり、1873年に合併されてブダペスト市が形成された。

この都市が形成された過程からも複雑な歴史の匂いが感じられます。
ブダペストの街並みの写真
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王宮の丘から見たペスト側の街並み
鎖橋はブダペストのドナウ川で最初に架かった橋で両地区を結んでいる。
ここら辺一帯は世界遺産に登録されており「ドナウの真珠」や「ドナウの薔薇」と称されている。
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こちらはブダ側
ペスト側は商業都市のイメージに対して、ブダ側は下町っぽい感じ。
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夜になると鎖橋はライトアップされてより一層美しくなる。
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国会議事堂
ネオ・ゴシック建築で建てられた国会議事堂は世界一綺麗と称されている。
(一緒に歩いた建築家・ヒロ君からの受け売り)
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英雄広場
何の英雄を祀って建てられた広場なのかわからないけれど、いかにもヨーロッパちっくな場所だった。
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街にはおしゃれな人達がkids達がたくさんいて、ヨーロッパに来たんだなと感じる。
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Gulyas:グヤーシュ
ハンガリーを代表する料理、パプリカをたっぷり入れた牛肉と野菜の煮込み。
ハンガリーは冬はとても寒い国なのでスープ・煮込み料理は抜群においしかった。

ちなみにブダペストを舞台にした「暗い日曜日」という映画があり、内容もおもしろいしブダペストの街並みも楽しめてオススメです。

次はクロアチア、とりあえず世界遺産である「プリトヴィツェ湖群国立公園」を目指して。

2009.04.24 出会いの国
ヨーロッパとアジアが出会う場所・イスタンブール
トルコの文化が色々な出会いが出会って作られた様に、自分も色々な人に出会った国だった。

自分と同じく西回りで東南アジア・南アジアを周ってきた人、同じ西回りでも中央アジアを抜けてきた人、アフリカから中東を周ってきた人、東回りで北南米を周ってきた人。
その中には、10年間マッサージをしながら旅をしてる人、2年間かけて自転車で世界一周をしている夫婦、自分が愛読している世界一周ブロガーとの出会いなど沢山の良い出会いがあった。

でも、良い出会いがあれば悪い出会いもあるもので、この旅始まって以来の本気で怒りを覚える出会いもあった。

そんな出会いを経て様々な文化の交錯する国を後にしていよいよ本格的なヨーロッパへ突入です。
楽しみでもあるけれど、旅の費用の事を考えると心配。
まぁ、でも何とかなるだろうしヨーロッパの洗練された国々を駆け抜けてきます。

トルコの写真
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・スルタンアフメト・モスク(ブルーモスク)
イスタンブールを代表する建築物、内部は青い装飾タイルやステンドグラスで彩られていてとてもキレイだったのもあり、常に人が一杯だけど無料だからついつい何回も通ってしまった。
白地に青の色調の美しさから通称ブルーモスクと呼ばれてる。

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・アヤソフィア
東ローマ帝国(ビザンツ帝国・ビザンティン帝国)時代に正統派キリスト教の大聖堂として建設。
帝国第一の格式を誇る教会、コンスタンティノポリス総主教座の所在地であった。東西教会の分裂以後は、正教会の総本山。(Wikipediaより抜粋)
内部は博物館になっていて、貴重と思われる数々の宗教画があった。
キリシタンにとっては特別な場所なんだろうけど、無宗教の自分には入場料が高かったことの方が印象に残っている。

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どの街に行ってもあるモスクでは、時間になると人々が集まりメッカに向かってお祈りをしていた。
何度か見学させてもらったけれど、集団で祈っている姿は時に神々しくも見えたりした。

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トルコに入るまでは野良といえば「犬」だったけど、この国では猫がたくさんいた。

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一応、ヨーロッパに入っているしイスタンブールの街並みはヨーロッパぽいけれど、やっぱりアジアの香りとアラブ文化が感じられた。
前回から引き続き素晴らしきトルコ料理を紹介。
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ロカンタ
トルコの大衆食堂。ガラスケースの中に様々な料理があり、好きな料理を注文して食す。
価格は安いもので、1皿約120円位からとバックパッカーにとっては嬉しい限り。
ちなみにパンは食べ放題。

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Izmir Kofte:イズミルキョフテ
トルコの肉料理の中でも人気のある物の一つがこのキョフテ。
キョフテはハンバーグのトルコ風という感じで、写真のものはポテトとトマトと一緒に煮込んだもの。

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Izgara Kofte:ウズガラキョフテ
こちらはそのまま焼いたキョフテ。
香辛料が沢山混ぜられているので、ソース無しでもスパイシーな味がしてご飯が進む。

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Karni Yarik:カルニヤルク
茄子の中に挽き肉を詰めてオーブンで焼き、最後にチーズをかける。
トロトロの茄子とマッシュポテトと一緒に食べれば、口の中に幸せが広がります。

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Pilic Cevirmesi:ピリチ・チェヴィルメスィ
鶏の丸ごとオーブン焼き。
ソースは無く、七味唐辛子に似た特製スパイスでいただく。
鶏肉は非常に軟らかく、フォークだけでするすると骨から剥がれる程。

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Baklava:バクラワ
トルコ料理の中でも特にやみつきになった1品
クルミやピスタチオなどを砕いた土台の上にさくさくの生地、そしてこれでもかのハチミツ漬けの味は甘ったるいけれど、やめられないおいしさ。

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Filin Sutlac:フルン・スュトラッチ
焼きライスプリン。
今まで食べてきたプリンの中でも、かなり上位に入ってくるおいしさ。
カスタードと中に入ったライスのプチプチ感が絶妙。

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Cay:チャイ
トルコ(アラブ風)のチャイはストレートティー。
でも、砂糖をいっぱい入れて飲むスタイルは変わらず。
トルコでも朝起きて飲んで、歩いて飲んで、夜も話しながら飲んでと生活に欠かせない1品だった。

まぁ、紹介したとおりトルコ料理が世界3大料理と呼ばれる所以をたっぷりと知り、味わったトルコの旅だった。
インドで痩せた体もすっかり元通りというかオーバーウェイト気味にまでなってしまった。
みなさんも是非、日本のトルコ料理で一度試してみてください。
きっと満足してくれると思います。
世界三大料理を知ってますか?
誰が決めたのかわからないけれど、フランス料理と中華料理とトルコ料理が世界三大料理になっている。
フランス料理と中華料理、この二つには納得できるけれど、けれど最後の一つは日本料理でもイタリア料理でもなくトルコ料理。
トルコ料理といって思いつくのは(ドネルケバブ)くらいではないですか?
そんな我々には馴染みの薄いトルコ料理をご紹介。

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Ekmek:エキメッキ
世界一おいしいと紹介されているトルコのバケットパン
大概のレストランでは食べ放題なので、遠慮なくいただきました。

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Doner Kebabi:ドネルケバブ
日本でもお馴染みになった独特の機械を使用して肉を回転させながら焼いていき、注文が入ると肉を削ぎ落しパンに挟んだり、櫛にさしたりしていただく。
日本では牛肉が主流らしいけれど、トルコでは羊肉か鶏肉。
羊肉も臭みはなく柔らかく美味しい。

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Saba sand:サバサンド
これはイスタンブールの名物料理で川で釣れたサバを捌きタマネギとレタスと一緒にパンに挟み塩とレモン汁をかけてかぶりつく。
サバを何故パンに挟むのかと疑問はあるけれど、不思議とこれが合い美味しい。

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Gozleme:ギョズレメ
「ユフカ」というトルコのクレープ生地に具をいれて焼いて食べる。
中に入れる具は白チーズ・ひき肉・ジャガイモ・ほうれん草など、トルコの代表的な軽食

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Lahmacun:ラフマンジュン
トルコ風のピザ?レモンを搾り野菜を巻いて食べる。
生地は超クリスピーでサクサクの為、2〜3枚食べる。

Karisik Pide:カルシュックピデ
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これもトルコ風のピザ。こちらは生地が厚く食べごたえあり。

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Bulgur Pilavi:ブルグルピラフ
ブルグル(挽割り小麦)のピラフ
トルコでは主食はパンの為、あくまでもおかずとして米を食べる。

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Tavuk sis:タウクシシ
チキンケバブ定食。
バターライスとスパイシーでありながらもマイルドな鶏肉との相性は抜群。

まだまだ魅惑的なトルコ料理はあるのだけれど、長くなりそうなので残りはまた次回にします。
今はサフランボルというトルコの片田舎の村にいます。
一応、伝統家屋の街並みが世界遺産に登録されているんだけど、旅行者全然見かけません。
しかも今泊まってる宿は、民家の1室を旅行者に貸している感じでホームステイしてる気分になってくる。

そんな村で昼は散歩して丘に登ったり市場を徘徊したりして疲れたらチャイを飲み、夜は水タバコを吸いながらトルコリーグのサッカーをおっさん達と見たりして過ごしていた。
ある旅写真家が言っていた
長期の旅には適度な休息日が必要だという。どんなに素晴らしいものを見に行ったところで、体が疲れて感性が鈍っている状態では、得られたはずの感動も得られなくなってしまう。
自分にそんな言い訳をして過ごした毎日。
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いや、それだけではなくサフランボルには、温かさが溢れていた。
伝統的な造りの家やお土産の工芸品からも何か温もりが感じられる。
それら伝統的なものを守り続けている人達が温かいからだと思う。
そんな雰囲気に絆され1日1日と滞在が長引いてしまった。

イスタンブールでサフランボルについて話をすると決まってあそこはダメだと言われた。
イスタンブールだって、昔はここと同じような温かさがあったのかも知れないけれど、
その温かさを失ってしまったから否定するのだろうか?
その真意の程はわからないけれど、自分はこの素朴でのどかな村が大好きだった。
2009.04.17 白銀の世界へ
目の前に広がるのは白銀に輝く丘。
と言っても雪山ではなく、石灰が固まって作られた丘。
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ここはトルコ西部の村、パムッカレ。
パムッカレとはトルコ語で(綿の宮殿)という意味で昔は綿の一大生産地だった事によるらしい。
トルコに訪れる前は全く知らなかったんだけれど、ここは世界自然遺産に登録されている石灰棚が約200mに渡って広がっている。

麓から見上げると、真っ白な雪山に見えるけど、実際に丘に足を踏み入れると石灰でできている為、硬い。
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途中石灰棚の中へ入って進まなくてはならないのだけれど、道全体が足ツボマッサージで出来ている感じで非常に痛い。。。
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一歩一歩慎重に進んで、痛みに耐えて登った丘の上からは石灰棚が一望でき石灰と水の美しいコントラストは幻想的な景色だった。

石灰棚の裏には古代ローマ帝国のヒエラポリス遺跡が広がっており、こちらも世界文化遺産として登録されている。
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ローマ劇場からの眺め
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遺跡の周りはトルコだけれどアルプスの少女ハイジの世界で遺跡そっちのけで景色を満喫。

カッパドキアの奇岩やパムッカレの石灰棚など、長い間をかけて自然によって作った景観には、自然現象の不思議さが一杯です。
カッパドキア(cappcdocia)トルコを代表する世界遺産であり、トルコで最も有名な場所のひとつ。
キノコ岩や何層ものカラフルな岩肌が象徴する地形は、火山と風雨によって生まれた。
白、ピンク、ベージュなどさまざまな色の地層は、数億年前に起きた火山の噴火によるもので、何層にも積み重なったところに、雨や風が浸食し、不思議な形の岩々が生まれた。
(サイトより引用)

イスタンブールの宿で出会ったツヨシ君と一緒に夜行バスに乗り12時間。
バス停に着くと同時に沢山の客引きがあらわれ、我先にとまくし立ててくる。
今まで訪れてきたどこの国でもそうだけれど夜行明けのこの客引きとのやりとりは睡眠不足の頭では判断能力も鈍り、圧倒されてしまう。
みんな必死なのはわかるけれど、このシステムどうにかならないものだろうか。。。

とりあえず宿の集まる場所へ連れて行ってもらうと、そこにはもうイメージしていたカッパドキアの風景が広がっており、周囲からは鳥の鳴き声や大工が金槌を打つ音が聞こえてくる。
キノコ岩と周りの家が自然と調和しており無理なく溶け込んでいる。
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・ギョレメ村
宿の外に出ればこんな景色が広がっているのでここに居るだけで十分な感じもする。 
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・洞窟を改装して作られた部屋。
カッパドキアの名物部屋だけれど暖房がない為、夜はとても寒かった。

カッパドキアの遺跡は広大な範囲に点在している為、今回は各国のツーリスト達とツアーに参加してきた。
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・地下都市
キリスト教徒がアラブ人の圧迫から逃れるために造った地下都市
蟻の巣の様に作らており台所や食料庫、教会などがあり、通気孔や石の扉も完備されている。

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・ウチヒサル
村の中央に大きな岩の要塞がそびえていて、その周囲に岩をくり抜いた住居がある。

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・キノコ岩
度重なる火山の噴火でできた大地が、何万年もかかって浸食され、地層は各層で強度が違い、硬い上部の玄武岩が帽子のような形に残ってキノコ形の岩が出来上がる。
煙突に似ている形のものは中に妖精が住んでいるという言い伝えから「妖精の煙突」と云われているらしい。

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・ギョレメ野外博物館
キリスト教徒たちが共同生活を営んでいた場所には色鮮やかなフレスコ画が残されていた。

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・土産物屋さんの木に吊るされていた様々なお守り

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見渡す限り広がる不思議な形をした岩の向こうに夕陽が沈んでいくと、それに合わせて岩々が赤く染まる光景を大勢の人達が見つめていた。


ツアーの為、好きなだけその場所に浸れる事は出来ないけれど、目一杯見所が詰め込まれており、次から次へと現れる自然が作り出した不思議な景色にお腹一杯になる内容だったけれど、自分の英語力の足りなさは悔しい限り。
宗教的な歴史背景など解説をしていてくれていたので、理解したかったけれどほぼわからず。。。
日々これからもどんどん話して特訓しなきゃ。
ヨルダンから飛行機で1時間30分、ヨーロッパとアジアそしてアラブ文化が入り混じっているトルコに到着。
まず空港に着いて設備の充実とトイレの清潔さに嬉しくなった。
どうしてもまずはインド基準で物事を考えてしまう自分がいて、ヨルダンで文明へのリハビリ期間を経ていたけれど、目に映る光景がすべて眩しく新鮮に見える。
でもツーリストインフォメーションの係員を装って観光客を騙そうとする輩は沢山いたけれど、無視して街の中心へ。

ヨーロッパとアジアそしてアラブ文化が入り混じる国トルコの大都会イスタンブール。
立ちションしてる人もいないし、クラクションを鳴らしまくって走る車もない、もちろん牛なんて歩いてない。
街行く人はみんなおしゃれだし、おしゃれな店もたくさんある。
インドという独自の文化で進んでいる国から、突然近代文明の中に放り込まれて辺りをキョロキョロと見回しながら歩いてる毎日。
日本語で話しかけてきたりする怪しい輩も沢山居るけれど、街の雰囲気は良い感じ。

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イスタンブールで見た桜に似た花
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街の公園にはフィットネスマシーンがあり老若男女問わず汗を流す
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ヨーロッパ側とアジア側には連絡船を使って移動
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新市街にあるガラタ塔
夜景を見る為に30分以上並んだけれど、閉館時間だと言い一方的にクローズされ一緒に並んでいた観光客はぶち切れ一触即発状態へ陥ったけれど、何故か最後は握手して終了していた。
街の夜景の変わりに塔のライトアップで我慢する事に

トルコに着いて地図を見て思ったのは意外と大きいという事。
さて、これからどこへ行こうかな。
ヨルダンの世界遺産「ペトラ遺跡」
マレーシアで出会ったドイツ人カップルが興奮した様子で語ってくれた事とインディージョーンズの撮影に使用されたという事で、その名前だけは覚えていた。

ペトラ遺跡の入場料は2日券で26JD(約3600円)と今まで訪れた遺跡の中で過去最高の値段。
けれど、その値段を支払っても訪れる価値は十分にあった。
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驚きの値段と同じく遺跡のスケールも驚くほど広大でとにかく歩いて登ってとプチトレッキング状態。
まずは入り口からあるいて30分程のところに「シーク」と呼ばれる岩の間の細い道が続く
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その先へ進むと岩の切れ目から光が差し込み…
ペトラ遺跡01
ペトラ遺跡02-2
視界が開け「エル・ハズネ」と呼ばれる宝物殿が眼前に現れる。

更に道は続き
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ペトラ遺跡08
1時間半かけて歩いて登って行くと「エド・ディル(monastery)」というまたも巨大な神殿が現れる。

既に息もたえだえのなか、更に小高い丘へ登ると
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ペトラ遺跡05
360度見渡す限り岩山の景色が広がっていて、そんなに標高は高くないけれど空が近く感じられた

時として人間はとんでもないものを作り上げる。(自分が見た中でもアンコールワットやエローラ遺跡など)
こういった遺跡を目の当たりにすると人間の可能性は無限大なんじゃないかと思ったりしてしまう。
この次に度肝を抜くほどの衝撃を与えてくれるのはマチュピチュになるだろうか…
インドから飛行機で6時間、中東のヨルダンへ
インドは最後までインドらしく空港でも色々と疲れる事ばかりだった。

そんなインドの次に中東の国なんてより一層疲れるんではないかと思っていたし、さらに「中東」という言葉を聞いてまず連想されるのは危険な場所という事。
着いてみるまでは新しい国へのワクワクよりも、びびりによるドキドキの方が多かった。

空港のセキュリティチェックは今までのどこの国よりも厳しかったけれど、空港職員はみんな優しかった。
街をぶらぶらしていると、そこかしこから「Welcome to Jyoldan」と声をかけられる。
バス乗り場などを尋ねると「May I Help you?」と言って親切に答えてくれる。
商店の親父さんの接客も丁寧だし、しつこく言い寄ってこない。
みんな親切な人達ばかりで、そのホスピタリティーには感動しっぱなし。
ヨルダン01
中東=危険という方程式は入国してすぐに崩れ去った。
(隣国イスラエルのパレスチナ問題などの歴史的な複雑な事やイラク・アフガニスタンの泥沼な状況などもあり、すべての国が安全というわけではないのだろうけれど…)
ヨルダン02
そんなヨルダンの有名な場所として死海がある。
海抜-400mに位置していて、これは地表で一番低く、海中の塩分濃度は30%と通常の海の10倍以上もあり、生物が住めないので「死海」と名づけられたらしい。
そして塩分濃度が濃いためにどんなカナヅチでも浮くと言うことで、カナヅチ代表として試してきた。
ヨルダン03
塩分濃度が濃いためか、水はヌルヌルというかマロマロというか変な感触がする。
どんどんと沖のほうへ進んでいくと心なしか足がフワフワと浮いているような感覚があり、腰の高さまで来たところで、いざ挑戦
ヨルダン04
おおー浮いた
凄い、これが水に浮かぶという感じなんだと暫くプカプカしているとじわじわと足に痛みが。。。
これも塩分濃度が濃いために、僅かな傷でもあるとそこから痛みが襲ってくる。
浜辺には塩の結晶があり、少し舐めてみるとしょっぱいよりも痛辛い感じ。

そんな死海のビーチ周辺には観光地として開発されているのに、公共の乗り物が走っておらず浮遊体験と併せて、初めてのヒッチハイクも体験したし、初物づくしの場所だった。
インドへの誘い
インド、それは人間の森。
木に触れないで森を抜ける事が出来ないように。
人に出会わずにインドを旅する事は出来ない。
さよならインド01
地球の歩き方の序文の通り、インドの魅力とはインド人に尽きると思う。
エローラ遺跡の石窟群も、ケララのバックウォーターも、カニャクマリのSunrizeも、ヴァラナシのガンガーも、アーグラーのタージ・マハルも素晴らしかったけれど、インド人の魅力には適わない。
そんなインド人達を紹介。

エントリーNo1 一般市民の皆様
街を歩けば「ジャーパニー」「葉っぱ、マリファナ、ハシシ」と通り過ぎざまに話しかけてくる。
カメラを向ければ、「バクシーシ」と手が伸びてくる。
駅などで並んでいれば堂々と割り込みをかましてくる。
出会って3秒でMyFriendになっている。
と、ただ街を歩いているだけで消耗してしまう。

エントリーNo2 ホテル・お店の皆様
ホテルにLaundryをお願いすれば、雑巾みたいな臭いをさせて出す前より汚れて返ってきた。
Check inの際のDepositを誤魔化そうとするホテルマネージャー。
お客さんの都合は考えず、自分の都合で仕事を店員。
何にもサービスをしないくせにChipを要求する、更にChipを支払えば少ないとぬかす店員。
と、気楽に泊まる事も買い物する事も出来ない。

そして、King Of India リクシャワラー&悪徳旅行会社の皆様
さよならインド03
道に迷っておきながら、余分に走ったからと追加料金を請求してくる。
勝手にボロホテルに案内しておきながら、断ると目的地には向かわずにお金だけ請求して立ち去る。
最初に料金は支払っているのに、バスの乗り換えの際に次のバスに乗りたければ追加料金を払えと脅してくる。
走り出してから荷物が重いから追加料金を支払えと脅してくる。
国境のイミグレ職員まで、初めての出国だからお金を払えと訳がわからない脅しをしてくる。
と、どこかへ移動するごとに激しくいい争いをしなくてはならない。

本当に何をするにも疲れてインド人に辟易した時に、善人なインド人達が現れる。
さよならインド02
顔馴染みになったチャイ屋のオヤジは明日この街を離れると伝えると泣きそうになって悲しがってくれた。
土産物屋の主人はお祖母ちゃんが長期間入院しているという話になったら、菩薩の顔の置物をくれた。
同じく土産物屋で出会ったインド人に日本とインドの事を話していたら「俺の心をプレゼントするよ」と言いインドの民族衣装を仕立ててくれた。

自分の感情のままに欲望に従って生きる人
自分に正直でありたいと思って生きる人。
神に全てを捧げて信仰に生きる人
路上で生まれ、生活し、死んでいく貧しい人
そしてそんな人達の存在を無視するお金持ちな人
様々な人がいて、インドというごちゃ混ぜな唯一無二の国を作っている。

インドを訪れた人は好きか嫌いかにはっきりわかれるとインド経験者の人達は口をそろえて言っていた。
正直な気持ち、インドの事は大嫌いだけれど気になる存在でもある。
多くの人がこうした矛盾した気持ちを抱き、インドを離れた後に恋しく思ってしまうのは、時に切れたり、喜んだり、考えさせられたり、10ルピー(20円)を巡って激しく交渉したりと嘘つきで愉快なインド人達と過ごした日々があるからだろう。
いつの日かインドが世界の中心になる時にこの国はどう変わっているのかな?
インドの植物園
コルカタの植物園 写真からはわかりづらいけれど、一本の木から枝分かれして、インド人もどれが基の木なのかわからないらしい。

北インドの街角01
ガンガーで洗濯 遺体の灰を流し、体を洗い、生活用水が混じった聖水?で洗濯すればその服はたちまち神の衣に!!

mother baby school01
mother baby school02
高橋歩氏が設立した学校の子供達、お金が無く学校にいけない子供達を対象に勉強を教えている。子供達は授業そっちのけで自分達と遊んでいたけれど、この施設で勉強&人間性を高めて苦しい状況にも立ち向かっていてほしいと願う。

牛
牛 インドには野良牛が一杯いる。最初見たときは驚きがあったけれど、段々と当たり前になってきて、首都デリーに着いた時には牛が見当たらなくてやっぱり首都にはいないのかと思ったら、やっぱり居た!!!見つけた時はやっぱりインドだなと安心した。

耳掻きチャンピオン
職業 耳掻き師 インドの街で会った自称耳掻き世界チャンピオン「イスラム・ディーン」
怪しい日本語で卑猥な言葉を発するが、耳掻きの腕前は一流だった。 

チキンカレー定食(骨付き)
チキンカレー ネパールでブランクを空けたのに、カレーに対して魅力を感じないのは直らなかった。日本人の国民食「カレー」が食べたくなるのはいつの日か…

マックベジ
マクドナルド コルカタの街でマックを見つけた時は嬉々として入店した。しかし、インドオリジナルの「マックベジ」を頼むと、カレー味のコロッケのハンバーガーだった…マックまでカレーに侵されてる。

ラッシー
マンゴーラッシー ヨーグルトと各種フルーツを混ぜ合わせて作るインドのデザート。出来上がるまでに30分位かかるけれど、味は絶品。

チャイ
My Favorite こんなにもこの激甘ミルクティーが好きになるなんて思ってもいなかった。
インドでは目覚めのコーヒーから目覚めのチャイに
食後のコーヒーから食後のチャイに
インドでの生活で切っても切り離せない存在だった。
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