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バルセロナで1週間過ごした後に向かったのは、スペイン南部アンダルシア地方の州都セビーリャへ、ヨーロッパの旅を終えてアフリカ大陸のモロッコへ向かうために南下する。
西欧に入ってからは1カ国1都市で2?3日毎に国移動、移動手段を用意して移動する前に宿を決めて、急ぎ足で街を駆け回るといった感じで、予定ががっちりと決まっている毎日だった。
セビーリャからスペインの南端アルヘシラスまであるのはスペインの田舎町、風の吹くまま気分に任せて、地図も持たず宿も決めずの旅を久し振りにする事にした。
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セビリア大聖堂
スペインで最大のカテドラル。
大聖堂は若干食傷気味だったけれど、これは規模がでかく圧巻だった。
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カルモナのヒマワリ畑
セビーリャでもヨルダンで出会ったジョー君と再開して、真夏の気温(最高気温40度)の中3時間歩いて行ってきた。
いい年した男2人でヒマワリ畑を見に行くというのも何なんですが、、、
辺一面に咲くヒマワリは夏っぽくて良かった。
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ロンダの白い家が並ぶ街並み
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崖の上に街があり、とっても気持ちがいい眺め
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旧市街と新市街を結ぶ橋
炎天下の中、崖の下へ下ると素晴らしい景色が待ってた。
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ドン・キホーテ
アルヘシラスにあったドン・キホーテ像、何故か愛馬ロシナンテではなくベスパに跨ってます。
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ジブラルタル海峡
ヨーロッパのイベリア半島とアフリカの北端を隔てる海峡。
アルヘシラスの街とアフリカ大陸の距離は僅か14km、この先にアフリカ大陸が。

ここで一旦ヨーロッパの旅は終了。
明日の朝スペインのアヘルシラスを出発して、昼前にはモロッコのタンジェに上陸予定。
いつだか出会った人に「モロッコはアフリカじゃないよ」と言われたけれど、自分にとっては初のアフリカの国、冒険心が自然と湧いてくる。
とりあえずは、サハラ砂漠を目指して。
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2009.05.30 Architectureの街
直前の2タイトルは完全にサッカー一色のネタだったので、今回は観光地としてのバルセロナの街をお届け。
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サグラダ・ファミリア
バルセロナのシンボルでもある巨大建築物
1882年3月19日に着工され今なお、建築中の教会。
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昼の壮厳な印象から、夜のライトアップされた姿は神秘的な感じに。
完成目標は2030年らしいけれど、超マイペースなスペイン人だからいつになるのかな?
でも、きっと完成後には後世でも絶賛される事でしょう。
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サグラダ・ファミリア内部からの眺望
ブロック分けされた美しいバルセロナの街並みは都市建築計画の成功例だと思う。

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カサ・ミラ
ガウディの代表的な建築物は大抵が、直線部分がなく波打つような概観は印象的な建物ばかり。

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カサ・バトリョ
マンションの壁にはタイルやステンドグラスの装飾をほどこされており、日を浴びている際にはキラキラと輝いている。

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グエル公園
公園というよりも美術館や博物館の中庭という感じ。
曲線形のベンチ&ワニ?の彫刻には色彩豊かなタイルで装飾されていた。

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サグラダ・ファミリア内部の螺旋階段とカタルーニャ音楽堂のチケット売り場

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モンジュイックの丘
バルセロナ市民の憩いの場所かな?
丘の上にはモンジュイック城やオリンピックスタジアムがあった。

バルセロナではインドで出会ったタイスケ君と一緒に色々と歩いてきた。
こうした、旅中に出会った人と再会するのは楽しいもんです、またお互いに別々の旅になるけれど、きっとまたどこかで出会える事だろう。
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夜11時、宴の幕が切って下ろされた。
大通りは人で溢れ、車はクラクションを鳴らしながら走り、バイクに跨り旗を振り回して走る、街の中心の広場では発炎筒が焚かれ、爆音と共に花火が打ち鳴らされる。
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12時を過ぎても宴は終わらない、きっとこのまま朝まで続くでしょう。

どうしてスペインのバルセロナがインドのヴァラナシの様になってしまったのか、それは我が街のチームがヨーロッパチャンピオンに輝いたから。
しかもスペイン史上初の3冠を達成した歴史的な夜、その喜びは自分のようなエセバルセロニスタには計り知れないものがあるんだろう。
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遡る事4時間前、欧州の旅を締めくくるにあたって、サッカー文化に骨をうずめるべく、大型スクリーンが設置されたカタルーニャ広場へ向かった。
一番盛り上がるであろうこの場所で観戦するつもりだったけれど、開始30分前になって何やらスペイン語でアナウンスがあり、みんな散り散りに離れていく、よくわからないが、とりあえず近くのBARへ移動して観戦。

試合序盤は緊張からか思い通りのプレーが出来ずマンチェスターが一方的に攻める展開になり、店内もシュートを打たれる度に溜め息交じりの声が漏れる。
が、前半10分にバルサが先制すると、店内には歓喜の声が爆発、みんな立ち上がってハイタッチ。
得点後は終始バルサペースで試合は進み、後半のメッシの2点目で店内の盛り上がりは最高潮に達し抱擁の輪が出来上がった。
試合終了と共に店内に流れたバルサのhimno(応援歌)の大合唱、既に喜びは限界点を超えてます。
バルセロナHimno

優勝セレモニーを見届け、カタルーニャ広場へ向かうと、広場には生粋のバルセロニスタ・自分の様ななんちゃってバルセロニスタ・ただ騒ぎたい人etc…と既に大勢の人が集まりそこかしこから奇声にもにた歓喜の叫びが上がってる。
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真夜中だろうが、周りは高級ホテルだろうが関係なし、Fiestaの始まり。
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♪オーレレ、オーララ ♪カンピオーネ、カンピオーネ ♪バルサ、バルサ、バーールサ
と色々な歌が聞こえ、みんな旗の周りで拳を天に突き上げいつまでも続く。
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歩いていれば「チニート、ニーハオ」と呼ばれ抱きしめられたり、肩を組んで踊り始めたり。
今日は中国人でもいいよ、俺だっておまえらの区別つかないし、Fiestaだし細かい事は気にしません。

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「Més Que Un Club(クラブ以上の存在)」
バルセロナのユニフォームに刺繍されているスローガン
お爺ちゃん、お婆ちゃんから若い女の子、小さい子供まで虜にしているバルセロナFC
この街のサッカー文化の根強さと最高のFiestaを体感して、ヨーロッパの旅を締めくくるにはこれ以上無い程充実した内容だった。
2009.05.27 夢の舞台
スペイン バルセロナ、ヨーロッパに入ってからこの街の話を聞くと大概の人が「あそこはSpecialな街だから」と言っていた。
何をもってして「Special」と感じるかは人それぞれだけれど、自分にとってもこの街はSpecialな街、バルセロナFCのホームタウンだから。
バルサは「攻撃的でスペクタクルなフットボール」というサッカー哲学を一貫して貫いており、美しく勝たなければ意味がなく、時には1-0で勝つより4-5で負ける方を好しとされる事もある。
その人気は世界で一番なクラブと言っても過言ではないと思う、そして今シーズンは内容と結果の両立を果たしており、歴史的なチームになるかもしれない程。
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ロンドンを1日半で切り上げてここに来たのも全てはサッカーの為、サッカー好きならバルサのホームスタジアム「カンプ・ノウ」で一度は観戦したいと思っている筈。
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マンションのテラス・小売店の店内・BARの店内・土産物屋と街中バルサカラーで溢れてる。

今回は大金(50ユーロ)だして、バルサの今シーズン、ホーム最終戦を観戦に行ってきた。
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ちびっ子バルセロニスタ
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一緒に観戦したタイスケ君とカンプ・ノウで

しかーし、既に優勝が決定しており4日後には今シーズンで一番重要な決戦が控えており、ガチンコの戦いは期待出来ない、案の定スタメンは控え中心で試合自体の見所は皆無だった。
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バルサも攻撃のスイッチを入れる選手がいないと、平凡なチームになってしまった。
スタジアムは試合開始前からお祭りムードに包まれていたし、試合中も無料配布されていたパンフレットで紙飛行機作って飛ばしたり、意味もなくウェーブしたりとみんな試合に集中していなかったのだけど、後半に入りカンテラ(ユース育ち)の選手が退場になったのを機に審判に向けて大ブーイングが巻き起こり、違った意味でスタジアムは白熱した。
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バルサ恒例の白旗振り
みんなハンカチや新聞など審判に向けて大ブーイング
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試合終了後はリーグ制覇のセレモニーが行われ、選手がスタジアムを一周してサポーターに挨拶、たまたまメッシが一番手前に写ってた。

消火試合という感じで眠くなる様な試合だったけど、家族で来ている人が多く子供に応援歌を教えながら観てたり、バルサの選手が倒させれようものなら即ブーイング、自分達のカンテラ出身選手には惜しみない愛情を送るサポーター達と一緒に観戦できただけでも満足するべきでしょうか。

でも、やっぱりガチンコで戦うバルサ&熱狂するサポーターと一緒に観戦したい。
それを見ずにヨーロッパの旅は終わりにする事は出来ない。
という訳で、危険を覚悟の上で今日行われるCL決勝を街の中心で観戦しに行ってきます。
バルサが勝って無事帰ってこれますように。
2009.05.26 master-piece
イギリス ロンドン いつからこの街の事が好きになったのか
セックスピストルズを初めて見た時から稲妻が走り恋焦がれてきた、4年前に初めてロンドンに降り立った時の感動はもう死んでも悔いはないと思えた程だった。
そして、やっとここまで来たというか戻ってきた。
今もそしてこれからも大好きな街 ロンドン。
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タワーブリッジ
ロンドンのランドマーク的な橋
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タワーブリッジ内部からの眺望
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テムズ河クルーズ
こちらもロンドンを象徴する建物 国会議事堂とビッグベン
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My Favorite Team Arsenal
到着した時にはスタジアムツアーは終了していて前回同様にピッチを見ることは出来なかった。。。
またいつか、いつかきっと。
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カムデンタウン
ロンドンの渋谷、原宿にあたる場所?
以前ならワクワクしてストリートしまうだったと思うけど、今の自分にはそこまで魅力的に映らなかった、歳をとったという事ですかね。

街を歩けば様々な人種の人を見かけるしそこかしこから様々な言語が聞こえてくる、世界各国の料理が並び、古き良き伝統と現代の文化が無理なく融合している街ロンドン、その規模は大きく深い。
本当は1週間位滞在していたかったけど、現実は僅か1日半、一番大好きな街なのにどの街よりも短い滞在になってしまい、何も出来ず。。。
なぜ、そうなってしまったのかはいつの間にか忘れてしまっていた欧州の旅での当初の目的を果たす為、いざ夢の舞台へ。
「神は世界を作ったけれど、オランダはオランダ人が作った」
国土の多くを干拓地が占めている国の為、こういった表現がされている様に、アムステルダムの街もベネチアの街と同様に街を縦横無尽に運河が通っており、街並みも似ていた。
ただ、雰囲気は異なりリベラルな政策により、色々な事が合法化しており今まで訪れて来たヨーロッパのどの国よりもオープンな空気が街には流れており、人間の欲望が具現化されている街はバンコクに共通する匂いが漂っていた。
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フィンセント・ファン・ゴッホ作「星月夜-糸杉と村」
この作品のゴッホの表現したかったものとは違うだろうけど、夜空に渦巻く暗雲はアムステルダムの雰囲気にマッチしている様に感じられた。
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キューケンホフ公園
春の間だけ開園する公園、春の香りが充満してた。
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オランダといえばこれでしょう。
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100種450万株のチューリップと87種2500以上の樹木。
その中にオランダ人アーティストの作品がならんだ彫刻公園。
さすがにこの公園を1人で歩いているのは寂しいものが。。。
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飾り窓地区
この道のレッドランプのドアの中には色々な国のおねーさんが魅惑的な眼付きで今宵もお客さんを誘ってます。
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ビール紀行第3弾はオランダが世界に誇るブランド「ハイネケン」
今回はハイネケンが出来るまでの行程を見学する事が出来るアトラクション施設に行ってきた。
もちろんガイドは英語なので9割方理解は出来ませんでしたが、日本に居た時に毎日飲んでいたビールを本場で飲んだ時の味は格別だった。
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ヨハネス・フェルメール作 「真珠の耳飾りの少女」
フェルメールの代表的な作品、その魅惑的な表情は「オランダのモナ・リザ」とも呼ばれている。
自分もこの画家の虜になっている一人、荷物になるのは判っていたけれどフェルメールの作品集を購入してしまった。

アムステルダムは想像以上に刺激的な街だったし、デンハーグでは大好きな絵のオリジナルを観る事が出来たし、数々の花が咲き乱れる自然公園で春を感じる事もでき、九州とほぼ同面積の国の中に見どころ満載のオランダの旅だった。
チェコが国民一人あたりのビール消費量が世界一に対して、ベルギーは国民一人あたりのビール生産量が世界一。
なんだか、この世界一はこじつけの様な気もするけれど、ベルギービールは世界的にも有名で自分も時々愛飲していた。

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ベルギービールのポスター
国内に125の醸造所があり、銘柄数は、OEMや輸出用銘柄等のレーベル・ビールを含めて1053種類、そのうちオリジナル・ビールは780種類
(Wikipediaより抜粋)
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Hoegaarden White(ヒューガルデン ホワイト)
おそらく、日本で一番有名なベルギービールだと思うけれど、自分のベルギービールとの出会いもこのビールからだった。
フルーティーな味わいはビールとは思えず、ビールが嫌いな人でもおいしく飲めると思う。
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DUCHESSE DE BOURGOGNE(デュシェス・ド・ブルゴーニュ)
レッドビール
味は少し甘めの赤ワインといった感じ。
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FLORIS(フローリス)
ホワイトビール
このビールは色々な種類があり、チェリー、パッションフルーツ、チョコレートなどどれも味も風味も甘いです。
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DELIRIUM tremens(デリリウム・トレメンス)
ゴールデンビール
毎日通っていたカフェの名前にもなっているビール。
瓶のラベルや専用グラスにはピンクの象などが印刷されているが、これはピンクの象はアルコールで酔っ払うと見える幻覚とされている為。
ベルギービールは銘柄ごとにロゴや独自の形をした専用グラスがあり、その理由はビールを味わうためには専用グラスが重要であり、グラスの違いで味わいに歴然の差がでる為、グラスもビールごとに違うこだわり様には感服。

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ベルギーと言えばチョコレートも有名。
日本でも人気のGODIVAやベルギー王室御用達のNeuhausノイハウスなどおいしいチョコレート専門店が数多くあり、美しく飾られたチョコは食べる宝石と思わされる逸品ばかり。
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ベルギーワッフル
スポンジケーキのようにふわふわのもの、パンのようにもちもちしたもの、ビスケットのようにカリッとしたものなどこちらも多種多彩。
ジャムやホイップクリーム、フルーツを添えて食べる事も出切るけれど、宿でもらったガイドマップにはそんな物を食べるのは邪道だと書いてあり、それに従いシンプルにいただきました。
ちなみに丸形や小判形は偽物で、四角が本物のベルギーワッフルとの事。
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世界三大がっかり名所とも呼ばれている小便小僧。
(もう二つはシンガポールのマーライオンとデ像ンマークの人魚姫像)
街中でひっそりと佇んでました、この少年の名はジュリアン君。
ブリュッセル市の最古市民で、クリスマスなどイベントごとの時は衣装を来て楽しませてくれます。
近くに小便少女も居たんですが、像なのに写真を撮る際にはいけない事をしている気分になってしまいました、なのでここでの紹介は自粛します。

うん、ベルギーでも本当にビールを沢山飲みました。
どれも、ビールっぽくない味わいで水のように自分の胃袋へ吸い込まれていきました。
ごちそうさまでした。

次はオランダ、色々な事が合法の刺激的な国です。
チェコのプラハから電車で4時間半ドイツのベルリンへ。
ウィーン、プラハが中世ヨーロッパの街並みを残していた街並みから一転、ベルリンは超モダンな都市だった。
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国会議事堂の上にある展望台
ガラス張りの球体ドームが議員たちが会議をする部屋の上にあり、ここからベルリンの街を一望することができる。

ベルリンに来たのはベルリンの壁跡を見るため。
壁が崩壊した時は子供だったし、今まで掘り下げて調べることもなかったので、その現場を見て、ここで何があったのか知りたかった。
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ベルリンの壁は、1961年から1989年の間に存在した東ドイツ(東ベルリンを含む)と西ベルリンを隔てていた壁。
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1989年11月9日 ベルリンの壁崩壊時の一コマ
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ベルリンの壁ミュージアム
壁の敷設?壁の終焉?ドイツ再統一までの歴史を展示している施設。
ここにはベルリンの壁を越えようとした人達の亡命方法なども展示されていて、ステレオ内部や潜水ボート、気球などその亡命方法は多種多彩。
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ベルリンの壁も当時のアーティスト達にとってはでっかいキャンバスでしかなかった様。
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壁があった場所には、こんな現代芸術と呼ぶ?建築物があった。

ベルリンの壁跡には自由を求めて非暴力闘争で対抗した人達の歴史があった。
米ソの冷戦に振り回されて自由を奪われていた人達の事を考えると、自由に生きられる事がとても幸せな事に思えます。
その負の歴史を乗り越えて、今は多くのアーティストが住みとてもエネルギーに溢れているベルリンの街だった。

国民一人あたりのビール消費量が世界一の国、チェコ。
世界で最も愛飲されているピルスナースタイルのビールが誕生したのもチェコ。
どこへ行ってもその地方のビール工場があり、470銘柄以上のビールがある。
そんなビール大国に来たからにはビール好きとしては飲み歩くのが礼儀というものです。

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Budweiser Budvar(バドワイザー ブドゥワル)
アメリカに名前を取られちゃった感じですが本家はこちら。
13世紀からブドゥワル市の看板醸造所。
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Pilsner Urquell(ピルスナーウルケル)
1840年代チェコのピルゼンにあるブルワリーで初めて黄金色の澄んだビールが造られたことがきっかけとなり、その生産方法は広く世界に受け入れられ、今日では「ピルスナースタイル」として世界で最も人気のあるビアスタイルになった。(サイトより引用)
凄い、世紀の大発明ですね。
美味しいビールを造りたいというピルゼンのビール醸造職人たちの熱意から生まれた結晶です。歴史を知った後で飲むビールは一段と味わい深いものに感じられます。
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Velkopopovicky Kozel(ヴェルコポポヴィッキー・コゼル)
コゼル(=ヤギ)という銘柄の直営店。
ヴェルケー・ポポヴィツェという小さな町で始まったコゼルビール、その伝統は130年以上ある。
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Kurusovice(クルショビツェ)
かつてはロイヤルブルワリーとして、ボヘミア王国の貴族たちが愛したビールだったが、今では広く飲まれている庶民ビール。
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Gambrinus(ガンブリヌス)
レストランやカフェなどでビールを出す場合、そのビールの銘柄と同じビアグラスやコースターを使う事が多く、店内に並ぶビアグラスの種類の豊富さは圧巻です。

毎日、朝食以外の食事&歩いてはフラフラとPUBやカフェに向かい飲んでた。
ビール批評家のように、味の表現は上手に出来ませんが、どの銘柄も美味しくいただけました。
そんな飲みながら歩いたプラハの街の写真。
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プラハ城にある聖ヴィート大聖堂内部のステンドグラス
今まで見てきた中でも一番綺麗なステンドグラスには時がたつのも忘れて見とれてしまった。

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夕焼け前のプラハ城のシルエット。
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プラハの街には可愛い彫刻が橋や門の上に設置されていた。
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ふと上を見上げたらぶら下がっていたオジサンの彫刻。
誰がどんな意図で作成したんでしょうか?

心ゆくまでチェコビールを堪能して次に向かうのはドイツ。
またまたビール大国です。
皆さんオペラを観た事ありますか?
自分はオペラが何たるかも知りませんでしたが、ヨーロッパを訪れたら美術館、博物館で世界的に有名な絵画を見る事と本場のミュージカルやオペラを観たいと思っていました。

そもそもオペラとは、
作曲、歌唱芸術、舞踊芸術、演奏芸術、、脚本、美術、演出、歌劇場建築における人類の限界を統合した芸術形態である。それを受けて「最高総合芸術」と称される。
最高の歌(歌手による)、最高の踊り(バレエ・ダンサーによる)、最高の演奏(オーケストラ、指揮者による)、最高の音楽(作曲家による)、最高の場所(歌劇場)を準備したものがオペラである。
(Wikipediaより抜粋)

ただ、ミュージカルやオペラを観るためには頭を悩ませる問題があり、美術館などは混んでいる事はあっても特にドレスコードも無いので最低限の服装で大丈夫。
しかし、ミュージカルやオペラを観賞するとなるとそれなりの正装でないといけない。
ただでさえ荷物は一杯なため、ジャケットや革靴を入れる余裕は無く今回は観ることは出来ないなと諦めていた。
だが、ハンガリーで出会ったヒロ君からオーストリアのウィーン国立オペラ座では立ち見席なら4ユーロで観賞でき、特にドレスコードもないという話を聞いた。
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ウィーン国立オペラ座

そしてそのウィーンへやって来た、ここまできたらいつもの様に折角だし観るしかないでしょう。
同じ宿のカナダ人ジェンソンと一緒に精一杯のおめかしをして、昼過ぎに国立オペラ座に向かう。
立ち見席はその値段の破格さからいいポジションは早く並んだ人から確保できる為、夜からの開演だが立ち見席のゲート前では既に列を成している。
ゲートが開くまではひたすら待ち続け、いよいよ開場。
昼過ぎから並んだ努力は報われ前から3列目のポジションをゲット、舞台もバッチリ見える。

そしていよいよ開演。
まずはオーケストラの第一音を聞いた瞬間の音の反響に驚き、心地良い音楽に身を任せると何ともいえない心地好さがある。
幕が上り演劇が始まり歌手が歌い始めるとその声にはゾクゾクさせられ鳥肌が立った。
隣のジェンソンも同じ気分の様でこの空間の雰囲気に酔いしれている。
3時間に及ぶ講演もあっという間で、最後のカーテンコールは鳴りやまない拍手の中終了した。
ちなみに演目はジュゼッペ・ヴェルディ作のLa traviata(ラ・トラヴィアータ)『邦題:椿姫』でした。

音楽の都と呼ばれるウィーンには著名な音楽家の像が沢山ありました。
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ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト
ハイドン、ベートーヴェンと並んでウィーン古典派三大巨匠の一人
フリーメーソンの一員であったとか、スカトロだったとか色々な噂があります

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フランツ・ペーター・シューベルト
各分野に名曲を残したが、とりわけドイツ歌曲において功績が大きく、「歌曲の王」と呼ばれる

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ヨハン・シュトラウスI世
ウィンナ・ワルツの基礎を築いたため、「ワルツの父」とも呼ばれる。

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ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン
楽聖と呼ばれ、クラシック音楽史上最も偉大な作曲家の一人とされる。
コーヒーは必ず豆を60粒数えて入れたり、部屋の中は散らかっているけど、お風呂と洗濯は好きだったりという逸話があり、典型的な気難しい天才という感じ

ウィーン発祥の食べ物も少し紹介
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ザッハートルテ
濃厚なチョコ味で、ウィーンのホテル・ザッハーが作り出したチョコレートケーキ
砂糖を入れずに泡立てた生クリームを添えて食べる。

ウィンナ・コーヒー
「ウィンナー(ヴィーナー)」とは「ウィーン風」のコーヒーの飲み方
濃く淹れたコーヒーにホイップクリームを浮かべたもの、またはカップに入れたホイップクリームに熱いコーヒーを注いだものを一般的に「ウィンナー・コーヒー」と呼ぶ

ウィーンのホテル・ザッハーという高級ホテルにびっくりする値段だったけど行ってきました。その雰囲気が自分達には場違いの様な気がしたのは気のせいだよね。。。
2009.05.11 水の都へ
眠りから覚めると水の都だった。
地の色が青くなった。駅に列車が止まった。(雪国より引用)
車内で眠っている間に橋と運河の街ウ゛ェネツィアに到着。
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この街はウ゛ェネツィア湾にできた干潟の上に築かれていて縦横無尽に運河が走っていて、市民の足は船or徒歩のみ車が一切走ってない街。
迷路のように広がる路地&街を流れる河など、ウ゛ァラナシを連想するけれど、天と地ほど雰囲気が違う。
ウ゛ァラナシは瞑想などが似合うけれど、この街にはロマンスという言葉がぴったり。
アドリア海の女王と例えられる街並みは世界で一番ロマンティック場所なんじゃないかと、友達としてこの地を訪れても知らず知らず恋に落ちてしまう事間違いなし、それ程素敵な場所。

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船に乗って街を眺めると歩いている時に見る眺めとは又、違います。
家などの建物は運河に沿って綺麗に並べるように建てられている為、船からの眺めこそより一層ウ゛ェネチアの街を輝かせる

タイでも感じた事だけれど、イタリア人はとにかく人生を楽しく生きようとしている様に感じた。
その場その場の出会いを楽しみ、ゆとりを持った生活を支える文化もある。
日本の社会の様になんでもルールで縛るのではなく、個人の責任とモラルで成り立っている社会。
それが良いか悪いかは別として、自分の目にはそんな文化や社会が新鮮に見えた。

イタリアの旅もここで終了、次はオーストリアへ
Ciao!イタリア

2009.05.08 花の都の前に
『その日は満室だから延泊はできないよ』
宿泊している宿に1日延長したいと言ったら、返ってきた言葉。
そう、ここはヨーロッパで更に世界有数の観光地ローマ。
今までの様に勝手気ままに延泊なんて出来ないのである。
他の宿をあたるが、どこも満室だと門前払い。
寄ってくる客引きが言った金額は130ユーロ、、、とても払えない。
お金がないと言うと客引きはすぐに退散、インドでのやりとりが懐かしい。。。

もう覚悟を決めるしかない。
トルコで一緒だったツヨシ君も偶然居合わせており、彼も同じく宿無しの為旅は道連れ一緒に野宿に決定としてバチカンへ向かった。
夜11時宿泊していた宿からも追い出されとぼとぼと駅に向かう。
駅も終電に近づくにつれ人も少なくなっていく、あ〜人が少なくなって強盗にでもあったらどうしようなんて考えながら待っていると、警察が慌ただしく動き出し何やら遠くの方が騒がしくなってる、事情は解らないが夜行電車が突然欠便になった様。
途端に駅には自分達と同じく宿無しの人で溢れかえり、みんな思い思いにスカーフなどを床にひき寝始めている。
自分達も最初は起きているつもりだったけれど、みんなですれば怖くないという集団心理により、その場で眠りにつき、そのまま無事朝を迎え、花の都フィレンツェへ
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フィレンツェの鐘楼からの眺め
とにかくどこも凄い人で、どこも待ち時間が1時間以上かかるのには非常に疲れたし、心が折られるのには充分だった。
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この鐘楼かどうかはわからないけれど、以前日本人観光客が落書きをしていったと問題になった事があったような?
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馬男を殴る男&コブラツイストをかける男
芸術の街とも呼ばれるフィレンツェには数多くの彫刻があった。
本当はなんか神話の一説だったりをモチーフにしてるんだろうけど。。。
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フィレンツェの景色を見ながら『冷静と情熱の間』を思い出したり
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ウッフィツィ美術館
開館30分前に行ったのに既に長蛇の列が出来ており、入場するまで2時間。。。
まぁ耐えた分だけ名作を目にした時の感動も大きいものです。
ボッティチェッリ作『ビーナスの誕生』
ティツィアーノ作『ウルビーナのビーナス』

どこに行っても人、人、人なので街歩きも程々にして、宿のプールとサウナを満喫。
安宿ながら設備の充実さにリラックスして過ごし、フィレンツェくんだりまできてホテルに引きこもり終了しちゃった。
世界最小の主権国家であり、カトリック教会の中心地・ヴァチカン市国。
国土は東京ディズニーランドより小さい、その小さい国に巡礼者は訪れミサを行う。
けれど、大半は自分の様な観光客が大挙して訪るので、ディズニーランド同様に人が溢れかえっており、とても聖地の様な感じはしない。

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サン・ピエトロ大聖堂内部
数多くの壁画&天井画があり圧巻な見応え
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ミケランジェロ作の「ピエタ」
「ピエタ」(慈悲などの意)
ピエタは聖母子像の一種で、磔刑に処されたのちに十字架から降ろされたイエス・キリストと、その亡骸を腕に抱く聖母マリアをモチーフとする宗教画や彫刻など。
ミケランジェロの数多い作品の中でもとりわけ洗練され精緻を極めた傑作。
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ヴァチカンを警護するスイス衛兵。
何故かみんな美少年ばかりでついつい見惚れてしまう程だった。

無宗教を武器にして仏教・ヒンドゥ教・イスラム教・キリスト教に触れてみたけれど、宗教について、自分の中での答えはまだ見つからないし、今後もわからないかもしれない。
宗教や信仰心ってなんだろう?
2009.05.03 永遠の都
紀元前から紀元始期においては世界の中心であったローマ帝国。
かつての大国を表す諺として
「ローマは1日にして成らず」
「すべての道はローマへ通ず」
などあり、その巨大さを窺い知る事ができる。

現在は西洋文化圏を代表する都市であり、その美しさから「永遠の都」と称され、歴史・文化を探ればその奥行きはとても深く幅広く世界有数の観光都市として多くの観光客が訪れる街。

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45,000人収容可能なコロッセオ
剣闘士達がここで猛獣と戦っていたんだろう
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街中の至る所にあるオベリスク
小説「天使と悪魔」ではヴァチカン・ローマが舞台になっており、こういった噴水やオベリスクに歴史的暗号が隠されていたな?と思い出しながらあるいてみたり。

ローマは街全体が古代遺跡の様であり、ただ歩いているだけで次から次へと遺跡が現れる。
とても1日で見てまわる事は出来ず「ローマは1日にして成らず」だけれど、自分のローマ観光は1日で終了。
次はカトリックの総本山ヴァチカンへ。
早朝スプリットからバスに乗りクロアチアの南端の街ドブロヴニクへ
スプリット周辺の島もリゾート地だけれども、その中でも特に美しい街、美しい海、それを壊さずに見事な調和したリゾート施設をもつドブロヴニクにも、各国から観光客が押し寄せ、シーズンになれば更に多くの人がクロアチアを目指すんではないだろうか。

車窓からの眺めはエメラルドグリーンの透き通った海が広がっているはずだったが、天気はどんよりとした重い曇り空。
街を取り囲む城壁を歩き始めると横殴りの風と激しい雨が降ってきて、全身びしょ濡れに。

とりあえず、そんな中で撮ったドブロヴニクの街
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海を荒れ放題で波が城壁高くまで打ちつけていた。

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旧市街の目抜き通り

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雨が止んだすきを見計らって城壁を歩くというより走る?のは大変だった。

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雨宿りの為に、非難した場所もなんだか洒落て見えてしまうのは、この街が素敵だからだろうか

やはりリゾート地にバックパック担いだ男1人では天気も味方してくれず、どうやら今回はドブロヴニクには呼ばれていなかったみたい。
いつになるかわからないけれど、このリゾート地が似合う男になってから再訪です。

わずか半日滞在のドブロヴニクからブーツの形をしたイタリアのアキレス腱部分にあるバーリへ「マルコポーロ号」に乗っていざ、出航
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