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2009.07.30 静寂の世界
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朝7時、ウユニ塩湖の遥か向こうの地平線から昇る朝日を眺める。
真っ白な大地で聞こえるのは自分の呼吸音のみ、完全な静寂の世界で自分の内面と向き合う。
ってそんな、ナルシスト的に自分に浸ることは許してくれない極寒の寒さ。
1分もじっとしてれば、体の芯まで凍えてしまう、足早に車に戻り宿へ。
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朝食後、ウユニツアーはもう塩湖とは関係なくなり乾燥した台地を駆け抜け、ピンクフラミンゴの家族や凍りついた湖を通り抜ける。
寒さと結構なサバイバルなツアー内容にみんな最初の元気は失くし、口数も少なくなっていった。
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2日目は砂漠の中にあるホテルへ宿泊。
夜もまた、静寂の世界が待っていた。
聞こえるのは風の音だけ、自分と同じ目線に見える星空、遮蔽物がないので無限に広がっているように感じられる。
この場所だけでしか経験出来なのスペシャルな1日でした。
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2009.07.30 Return To Uyuni
ウユニで遭難しかけた翌日気持ちも新たにウユニツアーへ出発。
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最初は昨日と同じく列車墓場に向かい、その後塩のホテルへ。
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今日は塩のホテルをサクッと通過してIsla de Pesca(魚の島)へ。
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何故、魚の島なのかはわからないけれど、サボテンが島を覆い尽くし後ろには真っ白な塩湖が広がっていて、いかにもウユニ塩湖を感じられる場所。
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中には10mに及ぶサボテンもあり、その昔インカの民がここに植えたらしい。

塩湖の真ん中で昼食をとり、その後はウユニ塩湖名物?のトリック写真撮影大会へ。
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真っ白で平坦な大地だからこそ出来る写真を撮るために、みんなあの手この手を駆使して撮影。
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ミーハーな日本人として本来なら塩湖の真ん中にあるホテルに宿泊したかったけど、昨日の一件でもうお腹一杯の為、なんちゃって塩のホテルに宿泊。

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元気があればウユニ塩湖へも行ける。
遭難しかけたけど、地球の果ての様な景色のウユニを堪能しつくしました。
朝6時ウユニの街に到着、バスに群がるツアーガイドに連れられそのままウユニツアーへ出発。
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最初は、列車墓場に向かい一緒のグループのメキシコ美女と戯れたり、塩の精製所で水に反射する塩の塊を見たりとテンションは上がりまくってました。
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お昼12時、今日の宿泊先であるウユニ塩湖の真ん中にある塩のホテルに到着した。
ドライバーは「30分後にホテルスタッフが来るから」とスペイン語で捲くし立てて去っていった。
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とりあえず待つこと1時間、これが南米タイムだと自分に言い聞かせ塩湖の真ん中でひたすら待つ。
周りでは他のツアーグループがランチを食べている、自分達は非常食として持っていたポテトチップをさびしく食べて待つ。
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4時間経ってもホテルスタッフは現れず、気がつけば日は暮れ始め周りにはひとっこ一人見当たらない中、自分達は待ち続けた。
待つこと5時間、このまま待ち続けて日が暮れてしまったら、そこに待っているのは極寒の世界。
下手したらそのまま帰らぬ人になってしまうかもしれない、本気でそんな事を考えていた。
2人で相談した結果、車をヒッチハイクして街に戻ることに決めた。

10分後、車がこちらに向かってくる。
急いで2人で走り出し拙い英語で必死に訴える、親切なツーリスト達はぎゅうぎゅうな車に自分達を迎え入れてくれた。
最悪、歩いて帰ることも考えていたが車で走ってみると、とてもじゃないけど歩ける距離ではなかった、乗せてくれた人達に心からお礼をして、静かな怒りを抱え旅行会社へ。
すったもんだの末、明日のツアー料金を割引するという事で話は決着した。

その後、ホテルをチェックインしてベッドに横になった時に、ここに居ることも不思議だったし、無事に帰ってこれた事を2人で喜んだ。
そんなとんでもない始まりを迎えたウユニ塩湖の初日だった。
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ボリビアの首都ラパス、既に通過してきた人から話を聞くと、とっても危険な街として度々耳にしてきた。
日中でも首絞め強盗が多発しているという話や、街を歩けば砂や唾をかけられひるんだ隙に貴重品を掏られるという話など、その犯行手口の例を挙げればきりがないほど危険な空気が充満している街として、今までのどの街よりも警戒して過ごす毎日だった。
そんな警戒度MAXの中でもラパスLIFEを多少なりとも楽しんできた。
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月の谷
ラパス郊外にある観光スポット、月面のような地表から月の谷と呼ばれている。
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日本人の方程式?
切り立った岩場+日本人=ドラゴンボールごっこ
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スクラップ部品で出来たチェ・ゲバラ像
生涯を、私の為ではなく公の為に活動した彼の最後の地となったのがここボリビア。
今でも世界各国大勢の人のカリスマであり、ボリビアでは聖人同然の扱いで称えられている。
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ボリビアの露天で売られているリャマのミイラ
一体誰が、何の目的で購入するんだろうか知りたい。
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日本人の方程式?
座敷+漫画+日本人=寝転んでだらだら過ごす
ラパスの日本料理屋けんちゃんでは、靴を脱いで座敷でご飯が食べられ、店内で日本の映画が見れたりと、とっても居心地が好い環境が整えられていてご飯を食べに行ってはのんびりとしてしまう。
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街がすり鉢状にできているラパスの街では、高台からの眺望は抜群に良かった。

危険な話が絶えなかったラパスだけれど、幸いにも何事もなく通過できそうです。
今日の夜行バスでウユニ塩湖へと向かい、その後チリへ国境越えする予定。
一面塩が広がる白銀世界のウユニ塩湖で思いっきり遊んできたいと思います。
では、いってきます。
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CHOLITAS WRESTLING(訳は若い女の子のプロレスかな?)

毎週日曜日にボリビアの首都ラパスでインディヘナの女性たちがプロレスを行っており、観光ツアーが組まれているほど盛況なイベントとして旅人の間では有名である。
ジャングルから帰ってきた日が日曜日だったので、宿のみんなとプロレスを観に行ってきた。
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観に来ているのは観光客だけかと思っていたが、地元の人たちも大勢観戦に来ていて、地元密着型のイベントである事に少々驚いた。
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前座試合から始まりメインイベントまで、インディヘナのおばちゃんたちは民族衣装を身に纏ったまま、ドツキあい・シバキあい、常にパンチラしており、時には椅子でおもいっきしぶっ叩かれて流血までして観客を楽しませてくれた。
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そして何よりも会場が一体になりこのプロレス興行に参加できる事が一番の醍醐味ではないだろうか。
試合は善玉と悪玉が戦うようにマッチメイクされ、悪玉が悪いことをすればみんなでブーイング&ミカンの皮を投げたり、リングサイドで観戦する際にはジュースを用意しておけば善玉がそれを受け取り、悪玉にぶちまける(勿論周りの観客もジュースまみれになる)と観客までも巻き込んで盛り上がる、正にプロレスの王道をいくものだった。
[高画質で再生]

おばちゃんプロレス

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Viva Cholitas Wrestling
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自然の中に入ると、太陽の力を心から感じることができる。
太陽が上ったら起きて行動を始め、沈んだら行動を終え、また明日の為に眠る。
アマゾンの中で過ごした時間は自然と共にあり、体も心もリフレッシュされた。

ツアー2日目は、アマゾンツアーの目玉といえるアナコンダ探しへ。
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広大な湿地帯に足をとられながら捜索すること2時間。
探せども探せども見つからず、多少飽きてきた頃に遠くで呼び声が聞こえてきた、急いでそちらに向かうと全長1m位のアナコンダが人垣に囲まれていた。
しかし、自分が見たいのは全長2mを超えるアナコンダ。
すると、先程の発見場所からすぐ近くで一際大きな歓声?叫び声?があがった。
そこには期待以上の大物がいた。
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アナコンダ獲ったどー!!!
いやーこいつ本当にでかいし重いし、何よりも獣臭くて入念に手を洗っても中々臭いが落ちませんでした。

アナコンダ捕獲後は、これまたジャングルならではのピラニア釣りへ。
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残念ながら自分は1匹も釣ることが出来ず、他の面々も小ぶりなピラニアしか釣れずピラニアを食すことは出来なかった。
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ジャングルで暮らす子供たち
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ガイドのビスマルク
ジャングルの魅力を存分に伝えてくれたナイスガイ。
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元気があればジャングルにも行ける。
ジャングルの中、たった3日間だけど自然と共に生きて、沢山のエネルギーをもらいました。
元気があればというか、元気が欲しければジャングルです。
都会のコンクリートジャングルに疲れたら、どうにか時間を作ってネイチャージャングルへどうでしょう?
ボリビアの首都ラパスから車一台がやっと通れるような山道、崖っぷちを24時間バスに揺られアマゾン川の支流が流れるジャングルへ行ってきた。
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拠点となる街ルレナバケに到着すると、ラパスとはうって変わって暑く熱帯のアマゾンの中にきたんだと感じた。
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Hoatzin(ツメバケイ)
ジャングルに生息する鳥、カラフルな頭してる。
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Capybara(カピバラ)
不細工な感じがまた愛くるしい。
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Common Squirrel Monkey(コモンリスザル)
バナナを上げると我先にと群がってきて入れ食い状態に、体長は30cm位しかなくいつもすばしっこく動き回っていた。
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Black Caiman(ブラックカイマン)
ワニです、めちゃくちゃ近くで見る事ができます。
そこら中で寝そべってたり、水の中で涼んでいたりして、そんな姿を見ていると凶暴な顔つきも段々とかわいく見えてくる。
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ぎらぎらと照りつける太陽の下、くねくねとした河を野生動物を見ながらボートは進んでいく。
富士山の麓で育ち、実家の裏には広大な森が広がっていた。
子供の頃にその森の中へ探検に行った時と同じように、ジャングルの奥地に分け入って進んでいくのが冒険をしている様で楽しくて仕方がなかった。
動物を見つける度に、子供の頃カブト虫を見つけた時と同様な純粋な喜びがあった。
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1日の最後はジャングルの遥か向こうに沈む夕陽を眺めにボートで河辺のビューポイントへ。
夕陽も美しかったけれど、陽が沈んだ後に太陽光線の名残のような線が空に浮かび上がり、これもジャングルのなせる業なのかとただただ見入ってしまった。

更に陽が沈んだ後には満天の星空と蛍のコラボレーションが待っていた。
タイの山奥、インドの岬、ネパールの山頂、モロッコの砂漠の中とこれまでにも多くの星空を眺めてきたけれど、ダントツでここで見た星空がNo1になった。
宿に帰る途中、ボートのエンジンを止め2?3分間、静寂の中で星空を見つめていた時間はこの上なく幸せな時間がながれていた。
2009.07.14 神秘の湖
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ストライキ開始から3日、ストライキがようやく解消され次の国ボリビアへ。
チチカカ湖沿いを走る事5時間、南米発の国境越えを果たし、コパカバーナの街に到着。
チチカカ湖はペルーとボリビアの国境をまたいで広がっており、コパカバーナの街から眺めるチチカカ湖はまた一段と青く澄んでいて、その青さに魅せられた自分は途中下車してコパカバーナの街に滞在する事にした。
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チチカカ湖に沈む夕日は美しく、日が沈んだ後も30分以上、空が紅く染まっていた。
こんな現象は初めて見たけれど、これもチチカカ湖の力がなせる事なのかもしれない。

次は、首都ラパスへ向かいそこからボリビアのアマゾンへ行ってきます。
クスコからバスで6時間ペルーの南部プーノの街へやって来た。
バスターミナルの前に広がるのは「汽船などが航行可能な湖として世界最高所」と言われ富士山の頂上よりも高い場所にある湖、チチカカ湖。
その標高は3810m、大きさは琵琶湖の12倍らしく一見すると海の様に見える。
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プーノ街は宿の親父にいくら聞いてもチチカカ湖しか見るもんはないという程で、実際チチカカ湖以外には何も無いので、早速チチカカ湖ツアーへ。
まず、向かったのはウロス島。
この島はトトラという葦を積み重ねて出来ている浮島。
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上陸して自分の足で島を歩いてみると何ともいえない不思議な柔らかい感触が足裏に伝わってくる。
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島民が説明してくれた浮島の作り方の模型。
作り方は根っこをまとめて、その上にトトラの葉を順々に重ね、最後に杭を湖底に沈めているらしいけど、移動する島なんて夢のような話だけど、現在も大勢の人がこの浮島で暮らしている。
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島の人達は伝統的な編み物を作ったり、大きな島では畑がありそこで野菜を作ったりしながら生活している。
もちろん電気はおろか水道だってない、近代文明とはかけ離れ時が止まっているかの様な島で暮らす人々たちの目には自分たちはどう映っているんだろう?
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島民たちの足 トトラ製の船「バルサ」
島民とトトラとは切っても切れない関係であり何を作るにもトトラである。
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続いてタキーレ島へ移動。
この島も現在でも自給自足、物々交換で生活しており純粋なケチュア民族たちが暮らす島。
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島の頂上へ向かうために急な階段をゼーゼーいいながら登った場所からは、空よりも青いと呼ばれるチチカカ湖が一望でき、心奪われる素敵な眺めだった。
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タキーレ島で出会ったかわいい売り子。
こんな売り子につぶらな瞳で見つめられると、ついつい衝動買いをしてしまう。

ペルーではネパールと同様に貧しくてもみんなとっても親切で暖かい人たちばかりでペルービアンの優しさに日々助けられました。
(宿で出会った人はカメラをひったくられたらしく危険な側面もあるけど、それは日本でも起こりえることなので。。。)
でも、これもネパール同様に頻繁にストライキが起こり、いつ次の国ボリビアへ移動できるかわからない。。。
まぁ、しょうがないです、気長に待ちましょう。

ペルー料理って聞いても全然イメージが湧かない。
とりあえずアンデスといえばジャガイモとトウモロコシ位しか想像できません。
一体どんなものを食しているのか、トルコ料理に続いて世界の料理ペルー編です。

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Cebiche(セビッチェ)
魚介類をレモン汁と香辛料を使って味付けしたペルー料理の代表格。
店によって当たりハズレが大きく、見極めが非常に重要。
ちなみに右奥にあるのは巨大なトウモロコシ、ペルーには色々な大きさのトウモロコシ&ジャガイモがあって、これは味無しのポップコーンみたいだった。
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Lomo Saltado(ロモソルタード)
牛肉・ジャガイモ・タマネギ・パプリカの炒め物。
こちらもペルーを代表する伝統料理で、味付けも日本人好みの味。
迷ったらロモソルタードという位毎回お世話になった。
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Rocoto Relleno(ロコト・レジェーノ)
ロコトという巨大な唐辛子に牛挽肉などを詰めた料理。
写真のはスクランブルエッグwithチーズソースだけれど、店によってソースは様々。
衣を付けて揚げたりと料理方法もバリエーション豊か。
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Anticucho(アンティクーチョ)
牛の心臓(ハツ)の串焼き。
クスコの郷土料理で、肉屋が経営する店で食ったものはこの旅のBest5に入るであろう逸品だった。
お酒との相性も抜群だけど、高地ではすぐに酔っぱらってしまうので要注意。
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Trucha(トゥルーチャ)
チチカカ湖などで獲れるトゥルーチャ(マス)を調理したもの。
これもグリルにしたりフライにしたりと色々な調理方法があるけど、ソースは使わず塩などのシンプルな味付けだった。
白身魚なのでさっぱりした味で食べやすい、久しぶりの魚は嬉しい限りだった。
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Coca tea(コカ茶)
コカの葉を使った少し青くさい素朴な風味のお茶。
特にまずくもなく、夢中になるほどおいしいわけでもないが高山病予防にもなるらしい。
その他にもコカキャンディー、コカクッキー更にはコカの葉そのままだったりと街中にコカの葉が溢れてます。ちなみにコカ製品を食べたり飲んだりしてもラリったりハイになったりする事はないです。
※コカの葉自体には依存性や精神作用は無いが、化学物質を使って生成されるコカインには、中枢神経を刺激して精神を興奮させる作用がある
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Udon(うどん)
正式にはSopa(ソパ)というスープ料理なんだけど、出汁を使った味とこの麺の見た目といいうどんです。
3日連続で通ってしまった偉大なペルー料理です(笑)

この他にもアルパカステーキやクイ(食用モルモット)の丸焼きなどまだまだあるけれど、どれも日本人の舌に合う料理なんじゃないかと思う。
ヨーロッパでは自炊&ケバブサンドの毎日だったし、モロッコ料理もインドのカレー同様に単調な味付けばかりで食欲減な毎日だったので、久しぶりに思う存分その国の料理を満喫できました。

インカ帝国時代の首都クスコ。
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クスコとはケチュア語で「へそ」を意味しており、現在でもペルー有数の都市、特にマチュピチュ観光の拠点として重要な街になっている。
赤茶色で統一された屋根は美しく、街には古都独特の雰囲気があった。
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アルマス広場
インカ帝国時代の街作りの基礎もまずは広場を作る事からだった。
スペインに征服される前から街作りの基本は一緒だったというのは興味深い。
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インカの石組み
12角の石がある事でも有名でその精密さは「剃刀の刃すら通さない」と形容される程、緻密に組み上げられている。
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サンドミンゴ教会(太陽の神殿)
インカ帝国時代に政治と宗教の中心である太陽の神殿(コリカンチャ)があった。
インカ帝国時代には内部は黄金で装飾され輝いていたが、スペイン侵略後には黄金は全て持ち去られ、石積土台だけを残し、その上に自分達の教会を建てた。
クスコに大地震があったとき上部の教会は崩れ落ちましたが、石積土台はビクともせず、現在もその姿を残している。
この逸話からもインカの石組技術の完成度の高さが物語られる。
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数々のアルパカ製品
クスコは観光都市だけあって、土産物屋の市場(一区画に10店舗位固まってる)が沢山。
でも、大体同じデザインだし観光客慣れしているので値段をぼってくる事も多々あり、買うよりも店主との駆け引きを楽しむ場所だった。
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インカ帝国時代をモチーフにしたウォールペイント?
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インカ帝国時代の民族衣装に身を包んだ少女

クスコは標高3400mの場所にあって、到着した日には酸素が薄いのが体で感じられた、高知順応した後でも、街には階段や坂が多く歩いているだけで息があがってしまう。
標高が高いため、お湯が沸騰する温度が低く自炊したパスタはグニャグニャでおいしくなかったし、朝晩の寒さは格別で昼間の日が出ている時間帯でなければ、お風呂に入るのは自殺行為になる。(もちろん暖房設備が整った中級以上のホテルなら大丈夫でしょう)
でも、クスコの街の雰囲気は抜群に良くて、1日また1日と滞在期間が伸びてしまい結局1週間以上滞在してしまった大好きな街の1つです。

マチュ・ピチュ(Machu Picchu)は、現地語では「老いた峰」の意味のインカの遺跡。ペルーのウルバンバ谷 (Urubamba valley) に沿う高い山の尾根(標高約6,750ft、2,057m)に位置し、山裾からはその存在を確認できず、マチュ・ピチュには未だに解明されていない多くの謎がある。(Wikipediaより抜粋)

遺跡好きでなくても、一度は行ってみたいと思うであろうマチュピチュ遺跡。
自分も日本を発つ前からカンボジアのアンコールワットとペルーのマチュピチュへ訪れる日を楽しみにしていた。
そして遂にその日が訪れた、朝4時待ち焦がれた空中都市へ向けて宿を出た。
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薄暗い明け方の時間帯は山にガスがかかっており、神秘的なイメージをより一層高める。
遺跡の開門は朝6時、夜明け前にもかかわらず既に入場ゲートには黒山の人だかり、みんな入場制限があるワイナピチュに登るために、早起きして今か今かと開門を待っていた。
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開門と同時にみんな急ぎ足でワイナピチュを目指して歩き出す、自分も一緒に待っていたブラジル人とワイナピチュへ向かい、早くから待った甲斐もあり無事入場。
ここからはワイナピチュの頂上を目指して1時間のプチトレッキング。
登っていく間にもガスが晴れだし、切れ間切れ間からマチュピチュがその姿を覗かせていた。
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ワイナピチュ頂上からマチュピチュを眺める。
こうして見ると、本当に山の尾根にへばりつく様に遺跡が広がっているのがよくわかるけれど、「マチュピチュってこんなに小さいの?」というのが正直な感想であり、宣伝媒体によってイメージを作られすぎている事と自分の期待値が高かったので残念な気持ちにこの時はなった。
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頂上で1時間ほど過ごし下山、芝生で少々の昼寝をしてから、自分の中で芽生えた残念な気持ちを払拭する為に、定番の景色が見えるポイントへ向かった。
そのポイントから見るマチュピチュはやっぱり美しく、心を惹きつける力を持っており、その場に座り込みしばしこの景色に見ほうけた。
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その後は前日のウォーキングの疲れ&ワイナピチュへのプチトレッキングの疲れもなんのその遺跡内を歩き回った。
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マチュピチュ遺跡の約半分はこうした段々畑が広がっていた。
(3mずつ上がる段々畑が40段あり、3,000段の階段でつながっている)
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今から600年程前にはこの遺跡に実際に人々が生活していた。
現在のマチュピチュ遺跡の住民はリャマとアルパカのみ、人間が沢山訪れようが気にする事もなく堂々と暮らしている。
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石組みで出来た家は非常に精巧に出来ているし、水路の整備や段々畑による穀類の生産など、実際にそれを目の当たりにすると完成度の高さに驚かされた。
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3つの窓の神殿
伝説ではこの窓から8人の兄弟姉妹が生まれ、そのうちのひとりが初代皇帝になりクスコでインカ帝国の基礎を築いたという。
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友達から出発の際に貰った元気があればTシャツを世界遺産などの名所で掲げてくると約束していたけれど、今の今まですっかりおなざりになっていて、ここマチュピチュでめでたく第一号記念になった。
次からも忘れずにもっていかなくちゃ。

やっぱりマチュピチュは凄かった、まさに唯一無二の遺跡。
自分の目と足でこの地を見て歩けた事に感無量の想いで一杯だった。
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マチュピチュへの行き方にはいくつかあり、最も一般的なものは、マチュピチュ観光の拠点になる街クスコから電車に乗って、クスコの街並み&ウルバンバ川沿いの段々畑を眺めながら、麓のマチュピチュ村まで行く方法と、マチュピチュ村の近くまでバスを乗り継いで、10km手前から歩いて向かう方法。
自分も最初は悠々自適に電車に乗ってマチュピチュに向かおうと思っていたが、ヨーロッパ生活において予想以上のお金が無くなり、必然的にバックパッカーコースで向かうことに。。。
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朝7時同じくバックパッカーコースを選択したフランス人家族と一緒に、クスコを出発。
車窓から眺めるアンデスの景色には毎度の事ながら圧倒される。
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どんどん進むにつれて道も険しくなり、崖との幅が30cm位の道を車はひた走る。
どこの国のドライバーもそうなんだけど、とにかくどんな道だろうと飛ばしまくる、ジェットコースターより何倍もスリルがある事は間違いない。
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お昼過ぎ、無事出発地点に到着。
腹ごしらえをして、マチュピチュへ向けて歩き出す。
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マチュピチュ村までは現在は使用されなくなった線路が続いており、迷う事はないけれど、こんな鉄橋を渡ったり、真っ暗闇のトンネルを通ったり、野良犬?が待ち構えていたりと、スタンドバイミーの世界を地で行く道程だった。
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歩くこと2時間、ようやくマチュピチュ村へ到着。
歩き終わってみれば、そんなに険しい道ではなく景色も素晴らしくて楽しい道のりだったし、到着後に入った温泉とビールの味は格別のものがあった。
アンデス山脈でイメージされるのは「コンドルは飛んでいく」
野生のコンドルを見るために1泊2日のコルカキャニオンツアーへ行ってきた。
(コルカキャニオンとは、アメリカのグランドキャニオンよりも深い渓谷であり、野生のコンドルが生息していることで有名な場所)

アレキパの街からバスで、アンデスの5000m級の山々を通り抜けてコルカキャニオンの拠点となる村チバイヘ。
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チバイへ向かう道中には野生のビクーニャやアルパカが生息していたり、アンデス山脈を背景に雄大な光景が広がっていた。
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ビクーニャ
標高3700mから5000mに生息していて、その毛で作られたコートなどは高級品です。
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アルパカ
こちらもアンデスを代表する動物、メルカド(市場)にはアルパカ製品がたくさん売ってます。
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石が詰まれた大地の向こうに見えるアンデス山脈

夕方前に標高3600mの場所にあるチバイへ到着、チバイはアンデス山脈に囲まれており、今なおインカ文明の香りを残した小さな村。
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村の女の子達は民族衣装に身を包み生活をしている。
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リャマを連れた少女や子羊を従えた少年などアンデスのローカルな雰囲気が満載だった。

1日目はチバイ村の近くにある温泉があり、久し振りに入った温泉はとても気持ちが良かった、温泉はやっぱり最高ですね。
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翌朝5時30分極寒の中、ビューポイントであるクルス・デル・コンドルへ出発。
身を切るような寒さの中待つこと1時間、遠くのほうから歓声が聞こえ、遂にコンドルが姿を現した。
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風に乗って飛行するコンドル、頭の中では「コンドルは飛んでいく」が流れてます。
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コルカキャニオンを優雅に飛行するコンドルに、みんな無我夢中にシャッターをきる。
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オーディエンスの要求をよくわかっているのか、最後には岩場に止まってくれました。

コンドルは、もちろん、コルカキャニオンへ向かう道中にも雄大なアンデスの風景が見られて、大満足だった。
次はいよいよペルーの旅の本命であるマチュピチュへ向かいます。

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