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2008/11/22

辛かったベトナムからタイに戻ってきて遂にインドへ向かう時に事件は起きた。
その日は昼過ぎのエアポートバスに乗り夕方にはタイを発ち、夜にはインドにいる筈だった。

タイでの最後の日もいつも通り屋台で朝食を済ませて街を歩いていた。
すると一人の女性が声を掛けてきた。
「チェンマイから遊びに来てるんだけど、ネットが出来る店を知ってますか?」
いつも通っているネットカフェに案内し、ついでに自分もメールの確認などしてお店を出ると先程の彼女がが入り口の前にいて、一緒にお昼を食べに行かないか?と誘われた。
バスの時間までは1時間以上あったのでその誘いを受けご飯を食べに行く事にした、近場のタイ料理のお店で食事をしていると、偶然を装って(のはずは無いんだけど)彼女の姉と母親と名乗る人が現れ一緒に食事する事に。

この姉から、空港の方面に住んでおり、車で来てるし妹も家に泊まるので一緒に乗せて行ってあげると提案があった。
妹さん1人の時は警戒をしていたが、母親の登場が自分の中では大きかったし(家族を装ったプロだと後から判明した)、既にタイという国とタイ人の事が好きになっていた自分は送ってもらう様にお願いした。

車に乗り何気なく「パイナップル」を進められた、東南アジアでは毎日フルーツを食べていてその中でもパイナップルは特にお気に入りだった事もあり、何気無しに食べた後から確かな記憶は途切れている。
(パイナップルに麻酔薬or軽めの睡眠薬が塗布されていた)
その後断片的な記憶の中で、車から降りた事、どこかの建物に入った事、ベッドで寝てる事、そしてより強い睡眠薬を飲まされて記憶は完全に途切れた。

目が覚めて時計を見ると飛行機の出発時間まで1時間半になっている、急いで体を起こそうとするが上手く動かない、部屋もとても静かで人の気配がしない。
まさかと思い隣の部屋に行くと自分の荷物が散乱していた、部屋を出て誰かに事情を聞こうとするが頭もボーっとしているし、体が自分の意思通りに動かせず少しの段差にも躓き転んでしまう。

そんな自分の姿をみた従業員が心配して話しかけてくるがタイ語の為わからない。
どうしようかと思い部屋に帰り、荷物を確認すると携帯電話が残っていた。
日本大使館の番号も分からないし、とりあえず実家に電話すると母親が出たので回らない頭で事の次第を説明したらスガラヤに連絡して折り返し電話するから待ってなさいという事。

部屋で待っているとスガラヤから連絡がありバンコクに住む友達に迎えに行くようにお願いした事、今後の対応も含めてウドンタニ(スガラヤの住んでいる場所)に来ないかと言われ現金・カードなど全て無くなり1文無しの自分は頼れる知り合いの元へ尋ねる事にした。
(この時に初めて朝4時だった事を知り、前日の昼から眠り続けていた事がわかった)

スガラヤの友達が来る迄の間、ホテルの人達はとても気にかけてくれ駐車場係りのおっちゃんは朝食をご馳走してくれた。

バスに乗りウドンタニへ向かう車内では色々な事が頭を巡ったが、不思議と犯人達に対しての怒りは無かった、ただ自分の慢心・油断が今回の事故を招いた結果として冷静に受け止めていた。

夕方ウドンタニのバス停でパパとサンタ君が迎えに来てくれており、その日初めて安心した気持ちになった。
家に帰りスガラヤとお互いに思い描いていたよりも随分早い再会を果たした。
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